福島 行進 曲。 『エール』名曲「福島行進曲」の背景にあった鉄男の切ない恋 「福をここから」の粋な演出も(リアルサウンド)

福島行進曲は野村俊夫と古関裕而の初タッグでラブソング?

福島 行進 曲

あわせて読みたい 作曲はもちろん古関裕而さん。 日本コロムビアの専属作曲家となって上京したのが昭和5 1930 年なので、上京の1年前に作られた曲ということになります。 レコードとして発売されたのは昭和6(1931)年5月のことで、古関さんのプロとしてのデビュー作です。 ご当地ソングらしく、歌詞には福島の名所が織り込まれています。 一番の歌詞の「福ビル」は昭和2(1927)年に完成した建物で、当時の福島のシンボルともいえるものでした。 三番の歌詞にある「柳並木」は、福島の駅前から東に延びた大通りにあったものを歌っています。 こちらは戦前の写真でしょう。 勧業銀行旧福島支店。 現在のみずほ銀行福島支店の所。 後方には信夫山、真ん中の通りはパセオ通りです。 写真の左下に、今の街中広場にあった『福ビル』からの撮影との記載が。 (写真はRADCRAFT 2. 0さんのHPより) — 福島駅東口再開発 LovForFukushima また、「福島行進曲」のレコードのB面には、 「福島夜曲(ふくしまセレナーデ)」が収録されていました。 この曲は、作詞が竹久夢二さん、作曲が古関裕而さんです。 この曲をきっかけにして、竹久さんと古関さんは文通を始めています。 ところが、このレコードはそれほどヒットしませんでした。 当時のレコードや、レコードを聴くための蓄音機は高価で、庶民には手の届きにくいものだったからです。 古関さんの曲がヒットするのは、昭和10(1935)年に発売される「船頭可愛や」まで待つことになります。 NHK朝ドラの登場人物のモデル 古山裕一=古関裕而(作曲家) 村野てつお=野村俊夫(作詞家) 二人のデビュー作品「福島行進曲」の歌曲碑が福島県庁南脇の天神橋西側にあります。 biglobe. htm 第9週あらすじ コロンブスレコードと専属契約をしたものの、作曲した曲が採用されることはなく、裕一は焦り始めます。 そんな中で依頼された早稲田大学の応援歌「紺碧の空」の作曲を通して、自分のためだけでなく、誰かのために作曲することの大切さを深く感じた裕一。 「紺碧の空」は広く受け入れられ、裕一は自信を取り戻します。 そんな裕一は、ある日、幼なじみで、今は福島で新聞記者として働いている鉄男を東京に呼び出します。 「鉄男君。 僕と曲作んないが?」 そこに、久志もやってきます。 鉄男が詞を、裕一が曲を書き、久志が歌う。 今は福島で働いている鉄男は即答はできませんでしたが、それは3人の夢でした。 放送開始まであと3日 村野鉄男を演じます。 審査員には、あの双浦環も招かれていました。 最終選考の二人に残った音に、環は言います。 「あなたの歌からは、何も伝わってこなかった。 最終選考に受かれば音が演じることになるのは、社交界の華、ヴィオレッタです。 ヴィオレッタは、青年貴族のアルフレードと恋に落ちますが、アルフレードの父の反対にあい、身を引きます。 ほかに好きな人がいる、というヴィオレッタの嘘を信じ、アルフレードは怒りに震えます。 実は肺結核に侵されていたヴィオレッタ。 アルフレードはヴィオレッタの嘘を知り、死の床にあるヴィオレッタのもとにかけつけます。 ヴィオレッタはアルフレードに自分のポートレートを渡し、天に召されていきます。 そんなヴィオレッタの気持ちを理解できない音。 ヴィオレッタの気持ちをつかもうと、音は木枯の紹介で一週間だけ、男女の社交場であるカフェーで働くことにします。 音は、そこで働く先輩の女給である希穂子のしぐさや人柄に、魅了されました。 カフェーで働く音を心配して、裕一が休暇で上京していた鉄男に頼んだのでした。 音に遅れて席に着いた希穂子と鉄男は、お互いを見て驚きます。 二人は福島で知り合い、つきあっている仲でした。 ところが、鉄男に新聞社の社長の娘との縁談があることを知った希穂子は、鉄男の前から姿を消していました。 希穂子が東京にいるらしいと聞いた鉄男は、たびたび上京して希穂子を探していたのでした。 音のカフェーの仕事の最終日、鉄男が再び希穂子に会いに来ますが、希穂子は迷惑だと言って追い返します。 落ち込んで戻ってきた鉄男と、久志と裕一の3人は酒を飲みながら語り合います。 「実は、書いで見だんだ・・・」 鉄男が取り出したのは、「福島行進曲」の歌詞。 「いい。 すごぐいいよ、鉄男くん!こういう、心にグッとくる歌詞との出会いをずっと待ってた!この詞に、曲つけさせでくれないか?」 「分がった・・・。 いい曲つけでくれよ。 」 「ありがど!久志、君が歌ってくれるか?」 「僕以外にいるの?」 三人で乾杯すると、落ち込んでいた鉄男がようやく笑顔になりました。 裕一は、一晩で曲を書き上げます。 この曲がようやく認められ、裕一はプロの作曲家としてデビューすることになりました。 ただし、まだ誰も知らないただの学生の久志にいきなり歌わせるわけにはいかず、歌うことになったのは別の女性歌手でした。 レコード発売のお祝いのパーティー会場は、閉店後のバンブー。 裕一、音、鉄男、久志、そして保と恵で盛り上がります。 「ありがとな。 お前が誘ってくれながったら、また詞を書ごうなんて思わながった。 」 礼を言う鉄男。 「福島行進曲」は、作詞家・村野鉄男のデビュー作でもありました。 「ほんとうは久志に歌ってほしかったけど・・・あきらめてないがら。 いつか必ず三人でレコード出す。 『福島三羽ガラス』だ!」 裕一も答えました。 そのとき、音に誘われた希穂子も遅れて顔を出しました。 「おめでとうございます。 今後のご活躍をお祈りしています・・・。 」 立ち去ろうとする希穂子を久志が止め、みんなで福島行進曲を聴こうと誘います。 「俺やっぱし、希穂子じゃなきゃだめだ。 俺ど一緒に生きてくれないが。 」 福島行進曲が流れる中、希穂子に結婚を申し込む鉄男。 希穂子は、別の人と結婚が決まったと嘘をついて、鉄男の前から去っていきます。 椿姫のヴィオレッタを決める最終選考会。 歌いながら、音の心で、愛する人のために嘘をつくヴィオレッタと希穂子が重なります。 ヴィオレッタの気持ちになりきって涙を流す音の姿と歌声に、審査員たちは圧倒されました。 そして、音は、見事にヴィオレッタ役を勝ち取ったのでした。

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『エール』名曲「福島行進曲」の背景にあった鉄男の切ない恋 「福をここから」の粋な演出も|Real Sound|リアルサウンド 映画部

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希穂子(入山法子)に見限られたと泥酔する鉄男(中村蒼)の姿で幕を閉じた『エール』(NHK総合)第43話。 第44話では、裕一(窪田正孝)がついに初めてのレコードを完成させる。 「椿姫」のヴィオレッタ役に向け、恋愛の機微を勉強するためカフェー・パピヨンに入店した音(二階堂ふみ)も、いよいよ出勤最終日。 トラブルが後を絶たなかったが、男を喜ばせる天性の素質で指名もひっきりなし。 カフェーのママ(黒沢あすか)からも「鍛えれば一流に」とお墨付きをもらうほどだ。 開店前のパピヨンに響く激しい口論。 「お話することはありません」と希穂子に突き返された鉄男が諦めきれずに再び店にやってきたのだ。 「彼女といっとねじくれた気持ちがすっと消えて素直になれる」と裕一に話していた鉄男の思いは、希穂子と一緒になって福島に連れて帰りたい。 「福島を離れたのはあなたが重荷になったからです。 勘違いされて困ってたの。 お帰りください」と希穂子の態度は変わらない。 雨の中、とぼとぼとパピヨンを去る鉄男。 学生時代の思い出話に華が咲く。 そこで鉄男が2人に見せるのが、福島を思い描いた恋の歌「福島行進曲」の歌詞。 「大将、一緒に曲作んないか? 君もそろそろ夢に向かって進む時期だ」と誘ってくれた裕一の情熱に、鉄男はしっかりと応えたのだ。 歌詞に深く共感し、「こういうのをずっと待ってた!」と喜ぶ裕一は、「もう一度ちゃんと福島と向かい合いたい」と五線譜に福島への思いを乗せていく。 こうして出来上がった「福島行進曲」は、あの廿日市(古田新太)をも認めさせ、東北の地方小唄として初めてのレコード化。 残念ながら、久志が歌うことは叶わなかったが、上京して2年、ついに裕一はプロの作曲家デビューを果たした。 オンエアで歌われていた「恋し福ビル引き眉毛」の福ビルとは、昭和2年に完成し当時の福島市のシンボルだった建物(現在は「AXC」として、飲食店が軒を連ねる)、さらに歌詞には福島駅前通りにあった柳並木も登場する。 完成した赤色レーベルの円盤レコードを見て微笑む、裕一と音。 番組の最後に紹介されるコーナー「福をここから」が、福島市の名物・円盤餃子の写真だったのも、2人を祝福する粋な演出だった。 ライター/編集。 2017年1月より、リアルサウンド編集部を経て独立。 パンが好き。

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古関裕而の代表曲を6つのテーマ別に紹介!校歌や応援歌も?!

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【エール】福島行進曲の歌手の川野三津代は誰? 福島行進曲を歌う歌手・川野三津代を演じるのは、山田姉妹としても活躍の 山田麗(やまだれい)さんです。 逗子市立池子小学校、逗子市立逗子中学校、横浜市立南高等学校を経て国立音楽大学声楽科を首席で卒業しています。 事務所はオスカープロモーションの後、高嶋音楽事務所所属。 所属レコード会社は日本コロムビアで、「エール」の裕一が専属作曲家として勤めているコロンブスレコードのモデルの会社です。 双子のお姉さんである山田華さんとともにソプラノデュオの音楽グループ「山田姉妹」としても活動しています。 小学校2年生の時に、「2人で歌手になろう」と決めて、小学校の卒業文集に「私たち歌手になります」と書いたそうです。 紅白出場が夢という事ですが、この分だときっと叶うのではないでしょうか。 趣味は音楽鑑賞、書道で、特技は歌、ダンス、ピアノ、クラリネット、とさすが音楽家ですね。 家族はクラリネット奏者の母と、会社員の父、兄2人、二卵性双生児の姉の6人家族。 姉妹は音感が良く、3、4歳ころから歌を歌うのが何よりの遊びだったという事です。 私生活では、一番上のお兄さんの中学時代からの親友で、4歳年上の男性と2019年9月に結婚しています。 双子ソプラノデュオ・山田姉妹、妹の麗が婚約 — ORICON NEWS(オリコンニュース) oricon 芸歴 麗さんは高校時代から女優として活動し、「3年B組金八先生」では高畑充希さん、忽那汐里さんとも共演しています。 結婚をお祝いしてもらったとインスタグラムにありました。 川野三津代のモデルは? 山田麗さんが演じた川野三津代にはモデルがいました。 天野喜久代です。 天野喜久代の本名は 新井ふくで、1897年(明治30年)に生まれ、1945年(昭和20年)に亡くなっています。 昭和初期に歌手や女優として活躍しました。 古関裕而より12歳年上です。 1913年(大正2年)に帝劇歌劇部二期生として入部し、1914年(大正3年)より舞台に出演。 その後歌舞劇協会、東京歌劇座を経て浅草オペラで活躍しました。 東京音楽学校で教えていたハンカ・ペツォールドに声楽を師事して声楽を学び、東京の松竹少女歌劇団の教師となりました。 1928年(昭和3年)、ニッポノホン(現日本コロムビア)に二村定一と吹き込んだ「アラビヤの唄」が爆発的なヒットとなりました。 佐藤千夜子とともに日本におけるポピュラー音楽の開拓者として大きな足跡を残しました。 しかし全く売れなかったそうです。 まとめ 今回は朝ドラ「エール」で、裕一が初めて赤レーベルから出したレコード「福島行進曲」を歌った歌手を演じた 山田麗さんについてのまとめでした。

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