ベガ は ベガ でも ホクトベガ。 ホクトベガとは (ホクトベガとは) [単語記事]

ダート最強馬!?ホクトベガの戦績、ドバイワールドカップでの悲劇と幻の産駒

ベガ は ベガ でも ホクトベガ

前人未到のJRA通算4000勝を始め、数多くの金字塔を打ち建てている武豊騎手は「記録男」としても有名だ。 そして、そんな競馬界のレジェンドがまだ達成できていない記録の1つが、14日に開催される 秋華賞(G1)がゴールとなる「牝馬三冠」である。 牡馬三冠をディープインパクトと共に無敗というオマケつきで達成している武豊騎手だが、桜花賞5勝、オークス3勝、秋華賞3勝を誇りながら、未だに手が届いていない牝馬三冠。 無論、今年達成することは事実上不可能だが、史上5頭目となるアーモンドアイの快挙を阻止できる可能性は残されている。 パートナーはトライアルのローズS(G2)を勝って勢いに乗る カンタービレ(牝3歳、栗東・中竹和也厩舎)だ。 前走のローズSでは、2番手から早めに先頭に立つ競馬。 最後の直線を先頭で迎えながら、ラスト3ハロンを全体の第4位となる33. 6秒で上がられては、後続はお手上げだろう。 最後は2着サラキアに1馬身1/4の差をつける完勝で、重賞2勝目を上げている。 非常に強い内容であり、陣営も「(秋華賞が行われる京都の)内回りはこの馬の戦法にはプラスだと思う」とストップ・アーモンドアイに意欲を示している。 この馬を逆転候補の筆頭に挙げる競馬ファンも少なくないようだ。 だが、その一方で今年のローズSは「メンバーレベルが低かった」という声もある。

次の

ホクトベガ

ベガ は ベガ でも ホクトベガ

<1993年(平5)> 平成の競馬史を振り返る連載「Legacy ~語り継ぐ平成の競馬~」は、名実況でも有名になった平成5年(93年)エリザベス女王杯。 「ベガはベガでもホクトベガ」のフレーズを生んだ元関西テレビの馬場鉄志アナウンサー(68)と加藤和宏元騎手(現調教師)が名勝負を振り返った。 【取材・構成=平本果那、久野朗】 長く競馬ファンに愛されている名実況がある。 平成5年のエリザベス女王杯。 「ベガはベガでもホクトベガです!」。 関西テレビ・馬場アナウンサーの有名なフレーズだ。 桜花賞とオークスを制したベガと武豊騎手にとって、牝馬3冠がかかる大一番だった。 対するホクトベガは9番人気の伏兵。 主戦の加藤和宏元騎手はこう振り返る。 桜花賞、オークス、エリザベス女王杯の前哨戦も同じようなメンバー。 ベガも含めて強い馬にはがっぷり四つでは勝てない。 気持ち的には楽でした。 無心ですね。 少しでもいい着順を拾えたらと思い、馬に負担がかからない、なるべくロスの少ない競馬を心掛けていました。 馬場アナもホクトベガはノーマーク。 道中は緑の帽子、武豊の姿だけは見逃すまいとまばたきせずに全神経をターフに集中させた。 僕は目が良くて、3~4角の手応えや脚色で来るか来ないかがだいたい分かるんです。 4角をまわる時に白い帽子が妙に気になって、ホクトベガが内に入ったと2回言いました。 無意識に、来そうだなと・・・。 直線半ばで抜け出したノースフライトを、最内から並ぶ間もなくかわして先頭に立った。 「外にベガとかがいるだろうと思ったら、いなかった。 そこから勝ちにこだわって一生懸命追いました」(加藤和)。 1馬身半差で差し切った瞬間、ファンの耳に届けた実況がこれだ。 ベガはベガでもホクトベガです! 1番のホクトベガ、加藤和宏! 3回目の挑戦で見事にエリザベス女王杯を制しました! 3冠ならずベガ! 3冠ならずベガ! 勝ったのはホクトベガです! 東の一等星ホクトベガ! 輝いたのは北斗のベガです! レース前に用意していた言葉など何もなく、とっさに口から出た。 加藤和も「その当時のみんなが知っている有名なフレーズじゃないですか」。 馬場アナは古今集や和歌、俳句が好きで、心地いいリズムが体に染みついている。 「僕の言葉は七五調なんです。 それが日本人になじみやすいのかもしれないですね」。 ホクトベガは95年にエンプレス杯を圧勝し、ダートで覚醒。 96年はダートで8戦8勝し、JRA賞最優秀ダート馬に選ばれ、「でも・・・」の付かないスターホースになった。 翌97年に挑戦したドバイワールドCで、悲劇が待っていた。 レース中のアクシデントで、この世を去った。 平成の砂の女王は、今も競馬界で一等星の輝きを放つ。 父ナグルスキー、母タケノファルコン(母父フィリップオブスペイン)。 馬主は金森森商事。 美浦・中野隆良厩舎所属。 42戦16勝。 主な重賞は93年エリザベス女王杯のほか、96年フェブラリーS、ダイオライト記念、帝王賞など。 97年ドバイワールドCで左前脚を骨折し安楽死。 早大から74年に関西テレビ入社。 大学時代から競馬好きで競馬四季報の創刊に携わり、社台ファームでアルバイト経験。 05年菊花賞(ディープインパクト)で「世界のホースマンよ見てくれ! これが日本近代競馬の結晶だ!」と実況。 翌年FNSアナウンス大賞を受賞した。 10年9月退社。 フジテレビでサッカー実況や競馬のトークショー、大学のセミナーなどに携わる。 [2018年11月06日 12時00分 紙面から].

次の

エリザベス女王杯を制した名馬ホクトベガとの悲劇が尾を引く横山典弘騎手“ブーイング”騎乗

ベガ は ベガ でも ホクトベガ

その卓越した技術はライバル騎手たちも一目置くところだが、ここ数年は精彩を欠いている印象が強い。 実際、一昨年は83勝、昨年は76勝と年々勝ち星を減らし、連帯率に至っては113勝をあげた12年の約3割1分に比べて、昨年は約2割2分と1割近くも落としている状況だ。 「直線の長い東京コースならハマる時もあるけど、先行した方が断然有利な中山競馬場、しかも前が止まりにくいと言われる開幕週の馬場でも平然と後方ポツンをするんだから、ファンから怒号が飛ぶのも仕方がない」 美浦トラックマン ほかにもスタートに失敗したり、勝負どころで不利を受けたりすると、勝負を捨てたような騎乗をすることも目立つ。 直線で前が詰まった時もわずかなスペースしかない時は、無理に追わずに馬なりのままゴールする姿も珍しくない。 その理由を探ると、ある名馬との出会いがあるという。 当初は芝のクラシック路線を歩み、5歳時には「札幌日経オープン」、「札幌記念」と連勝するものの、獲得賞金に応じた斤量増もあり、他のレースでは良くて2着の善戦止まりが続いていた。 だが、ダート路線に転向すると、破竹の快進撃。 横山騎手を主戦に地方交流重賞を含め重賞を7連勝するなど、ダートでは無類の強さを見せて、その勝ちっぷりも圧巻だったことから「砂の女王」と賞賛された。 古馬になりダートでは無敵の強さを誇ったホクトベガは97年、「第2回ドバイワールドカップ」に招待されて出走。 このレースもって現役を引退し、レース後は渡欧させてヨーロッパの一流種牡馬との交配も計画されていた。 ところが、横山騎手が騎乗したホクトベガは4角で転倒し、後続馬が巻き込まれる形で追突。 左前腕節部複雑骨折により予後不良と診断され、安楽死処分となってしまった。 そして、この一件が横山騎手の騎乗に劇的な変化をもたらす。 』という熱い思いを受けて、ゴーサインを出したという背景もあった。 しかも、レースではノリが手応えの悪いホクトベガを4角手前で強引に仕掛けたところで、転倒して故障してしまった」 前出の美浦トラックマン 倒れたホクトベガから横山騎手は馬場になすすべもなく放り出された。 すると、最後方を追走していた馬が避けられず、あわや衝突。 横山騎手は死を覚悟したが、その時にホクトベガが体を前に投げ出し、身を挺して後続馬との激突を守る形となったという。 当時を多く語ろうとしない横山騎手だが、「ホクトベガ1頭だけじゃないけど、馬に命を助けてもらって、今こうしていられる。 俺が強引な騎乗をしなければ、ああいうことにはならなかった」と話している。 「横山騎手が馬も騎手も無事であることを第一に考えるようになったのは、この時からと言われています。 ドバイでは行く気がなかったホクトベガを強引に仕掛け、結果的に命を奪うキッカケになってしまった。 あまり馬群を割ってこないのも、フェアプレーというよりも、まずは安全を第一に考えているからでしょう」 前出の美浦トラックマン なん とも悲劇的な出来事ではあるが、その一方で競馬は馬券を買うファンで成り立っているのも事実。 成績が落ちている中、人気馬に乗りながら馬の気分一つで勝負を捨てるような騎乗スタイルが、ファンの間で物議を醸すのも仕方のないことだろう。 前出のトラックマンはこう語る。 「しいていえば、横山騎手の返し馬を見ることかな。 』と怒号が飛んでいるくらいだから、完璧に判別できる人間はいないけどね」とのこと。

次の