志村 けん 氷川 きよし。 氷川きよし、志村けんと“バカ殿”2ショット披露 恥ずかしメイク写真も(クランクイン!)

志村けん死去に氷川きよし大号泣でコメントを発表しファン涙!新春バカ殿様に出演し再度共演を約束するも…

志村 けん 氷川 きよし

歌手の(42)が、来年1月8日放送のフジテレビ系『のバカ殿様』(後7:00)に出演。 2003年1月4日の放送以来、17年ぶりの『バカ殿』出演を果たす。 収録が始まり、が扮するご家老が「殿と長〜い付き合いだという方が、殿に会いたいと来ているんですよ」と告げると、氷川が「きよしのズンドコ節」を歌いながら殿の部屋に登場。 来夏、約2年ぶりに明治座に帰ってくる『氷川きよし特別公演』内で、自身が演じる恋之介の出で立ちの氷川に、腰元たちは黄色い歓声を上げ、「きよし」コールが起きる。 歌が終わると、志村けん(69)扮するバカ殿は「久しぶりだね」と呼びかけ、氷川も「ご無沙汰しております」とあいさつを交わし、早速お酒を飲みながらトークを展開。 氷川がデビューしてすぐの頃から親交があり、およそ20年来の付き合いとなる2人だが、氷川のデビュー曲のイベントに志村とが応援に駆けつけ、その後『NHK紅白歌合戦』に氷川が出演した際にも、2人が応援のために出演したことでも話題となった。 氷川は「本当に殿には熱く応援していただき、どこの馬の骨かも分からないのにすごくよくしていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです」としみじみ。 バカ殿が「最近、ちょっと雰囲気が変わったね」と向けると、氷川は「新しく自分を表現したいな、と思いまして」とコメント。 ひとしきり話に花を咲かせると、バカ殿は氷川に雑煮を振る舞うことに。 もちろん、バカ殿の雑煮が普通なわけがなく・・・最後には、氷川が絶叫する事態となってしまう。

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氷川きよしが「志村けんのバカ殿様」に17年ぶりに出演(ザテレビジョン)

志村 けん 氷川 きよし

氷川きよし ザ・ドリフターズのメンバーで子供から大人まで幅広い世代に人気を博したタレント、志村けん(本名・志村康徳=しむら・やすのり)さんが29日午後11時10分、新型コロナウイルスによる肺炎のため、東京都内の病院で死去した。 70歳だった。 歌手、氷川きよし(42)は、所属事務所を通じてコメントを発表。 「信じられないです。 涙が止まりません。 深い悲しみです」と悲痛。 「治ると信じていました。 次のロケでお会いして、また熊本空港でお酒を飲めるのも楽しみにしていました」と悲しみ、「志村さんは人を笑いで幸せにする偉大な方。 いつまでも私の心に永遠に生きています」と悼んだ。 氷川は、2000年のデビュー当時から志村さんと親交があり、同年と翌01年の「NHK紅白歌合戦」では氷川の応援ゲストとして、志村さんがタレント、ビートたけし(73)とともに出演。 今年1月に放送されたフジテレビ系「志村けんのバカ殿様」にも氷川がゲスト出演していた。

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氷川きよし悲しむ…志村さんのLINE既読つかず

志村 けん 氷川 きよし

氷川きよし(42)が9日、TOKYO FM「坂本美雨のディアフレンズ」(月~木曜午前11時)にリモートで生出演し、新型コロナウイルスによる肺炎で3月に亡くなったザ・ドリフターズのメンバーでタレントの志村けんさん(享年70)への思いを語った。 氷川は、この日、デビュー20周年で初のポップスアルバム「パピヨン-ボヘミアン・ラプソディ-」をリリースした。 まず番組冒頭で「本当に3、4、5月と大変な日々が続きましたから、つらかったですね。 ずっとコンサートを20年間くらい続けてきて3、4月と延期になってバランスを崩しますね。 コンサートツアーを続けて、自分の生活のリズムって出来上がっていたので、緊張感がなくなって」とコロナ禍での現状を語った。 その上で「コロナの恐怖というか、この先、どうなるんだろうと先の見えない不安があり、アルバムを発売できるのかな、発売しない方が良いのかなというのもあった。 発売するまで不安というか、出産前の感じというか眠れなくなった」と本音を吐露した。 番組では、アルバムにも収録されたロック曲「確信」のミュージックビデオを、氷川が自らの発案でスマートフォンで撮影、制作したことに話が及んだ。 氷川は「志村けんさんが『バカ殿様』に自分が今年、ゲストで出させていただいた時に『あのプロモーションビデオ、面白いね。 またイメージと違うこと、やってるね。 いいじゃない』って言って、番組で流してくださったんですよ。 勇気が湧きました」と、志村さんが評価してくれたと明かした。 その上で「また『バカ殿様』に出させてもらいたいなぁと思っていたら、コロナウイルスになられて、亡くなられて。 元気になってくださいって直接、LINEしたんですけど、既読されなくて…本当に悲しかったです。 デビューから、すごいお世話になったんで」と、しみじみと語った。

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