あきない総合研究所。 実践的で楽しい 中小企業診断士向け 理論政策更新研修 | あきない総研

あきない総研、起業支援制度「katana」を開始

あきない総合研究所

ベンチャー企業支援、起業家支援を行う株式会社あきない総合研究所(本社:大阪市中央区 以下、あきない総研)は、2020年6月29日に開催された定時株主総会並びに取締役会にて、代表取締役の吉田雅紀が代表取締役会長に就任し、新たな代表取締役社長に細野耕平が就任いたしました。 あきない総研は、20年以上続く起業家支援事業を今後も継続し、シェアオフィスを始めとするシェアワークスペース事業を通して、多くの人の起業や開業を支援するとともに、日本の起業文化の拡大、活性化に寄与してまいります。 <新代表取締役社長のご紹介> 細野 耕平(ほその こうへい) 1985年大阪生まれ。 青山学院大学国際政治経済学部卒業。 2010年より株式会社あきない総合研究所に入社、起業支援型シェアオフィス「katanaオフィス」事業に従事。 2013年より同オフィスのフランチャイズ事業を立ち上げ2018年に合計10拠点を展開。 2015年にシェアオフィス特化型業務オペレーションシステム「SARAKU」を構築し、外販を開始。 2017年取締役就任。 2019年11月東京都インキュベーション施設運営計画認定事業に採択。 シェフ起業家に特化した「コワーキングキッチン」を開設準備中。 あきない総研は1999年、ファウンダーの吉田雅紀が同社を設立して以来、現在に至るまで 20年間一貫して起業・ベンチャー支援を行ってきました。 受け継ぐものの重さと、 始めから支えがあることの温かさの両方を感じながら、個人としても会社としても一層の成長に努めます。 人が最も自分らしく生きる方法の一つは「起業」であることを信じ、個性豊かな起業家が増えることで、 日本がより良い国になることを目指していきます。 どうぞよろしくお願いいたします。 社名:株式会社あきない総合研究所• 本社所在地:大阪府大阪市中央区伏見町4-4-9淀屋橋東洋ビル3階• 代表:代表取締役会長 吉田雅紀、代表取締役社長 細野耕平• 資本金:9,000万円• 設立:1999年6月• 事業内容:インキュベーションオフィス運営、スタートアップ支援、パブリックビジネス支援• コーポレートサイト:.

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あきない総研、大和SMBCキャピタルらとベンチャー向け投資ファンド

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まずは自己紹介から始めさせてもらいます。 昭和29年生まれで、来月で62歳になります。 大学を卒業して、中堅メーカーに勤めて、29歳のときに独立をしました。 一番最初にやった商売で失敗をして、42歳で撤退をしました。 そして43歳から今の商売をはじめました。 この間、インターネットである記事を読んでいたら、ADHD(注意欠陥・多動性障害)というものを知りました。 読み進めてみると、僕の小さい頃にぴったりで、母に怒られていたことがそのまま書いてあった。 (笑) 注意欠陥・多動性障害には特徴が3つあります。 まず一つ目は、「注意維持欠如」です。 一つのことに集中できず、注意があっちこっちに飛んでしまう。 小さい頃から、根気がないとか三日坊主とかよく言われていました。 二つ目は、「突発性」。 急に動き出してしまう。 毎日のように怪我していました。 最後が「多動性」です。 興味があっちこっちに向くから、いつもうろうろ動いていて、迷子の常習犯でした。 もう一つわかったことがあるんですが、62歳になってもこの性格は変わっていないということです。 空気は読めないし、人との距離が計れなくてびっくりされることもよくあります。 自己顕示欲も強くて、俺が俺がという感じなんです。 何が言いたいかというと、こういう性格って、サラリーマンに向いていない気がするんですよね。 (笑) 大学を卒業後は、今で言うメーカーの営業職に就きました。 25〜26歳のときに2年連続最優秀セールス賞をとりました。 売上達成率も売上高も、全社でトップ。 そんなあるとき、会社に憧れの課長がいまして、その課長が白いスポーツカーに買い替えられたんです。 僕はそれを見て、「課長、かっこいいですな〜、あの白い車!」と言っていたら、3年ほど経って、別の車に乗り換えられたんです。 どうしてですか?と聞いたら、「吉田よ、スポーツカーって燃費悪いねんや。 その瞬間に、「この会社って、課長になっても燃費気にしなあかんねや」と思って、それで辞めました。 (笑) 会社を辞めた後は、29時に子供用品のセレクトショップを立ち上げました。 セレクトショップなので自社ブランドのものはあまり扱っておらず、自社製品の売り上げは全体の2割くらいで、あとの8割はすべて仕入れ商品でした。 その8割のうちの半分以上は海外からで、ヨーロッパからベビー服や玩具を仕入れていました。 当時、1995年ですが、日本にフランチャイズというビジネスフォーマットが上陸したころだったので、「これで、ぶわーっと多店舗化するぞ!」って意気込んでいました。 3年で500店舗つくるという計画を立ててスタートして、12店舗までは順調だったのですが、チェーン店にはできませんでした。 そして、結果的に失敗をします。 12店舗あったお店を、まるでビデオを巻き戻すみたいに、12、11、10って、不採算な店舗から閉めていきました。 29歳で1店舗目からスタートして、42歳でゼロになったわけです。 この13年間で、12店舗つくって12店舗閉めたときの喪失感というのはすごいものがありました。 そんなこともあって、当時はすごく落ちこんでいました。 僕はすごくテンションが高いんですよ。 あんまり暗そうに見えないでしょう。 これで暗かったら怖いよね(笑)。 落ち込むときは、この元気の勢いで落ち込んでしまうんです。 それで、家から出るのが嫌になってしまう時期がありました。 「これではあかん!前向いて一生懸命進まなあかん!」とは思うんですけれど、自分自身がなかなかモチベートされない。 そうこうしているうちに、いつも僕のことを心配してくれる友人がいまして、僕が家から出なくなったものだから家に遊びにきてくれるようになりました。 その中に、オカ君という人がいました。 彼が中小企業診断士という資格を取得して転職したという話を聞いたんです。 その転職は何十倍という倍率だったらしいのですが、それを彼が勝ち抜いて、3人しか採用されなかったうちの1人になったと。 オカ君は昔から友人なんですけど、どう考えても、僕の方が頭がいいんですよね。 (笑) それで本屋に行って、「中小企業診断士ってなんじゃいな」と本を開いてみたら、当時はマネジメントやファイナンスなど7つのカテゴリーに分かれていたと記憶しています。 「これって経営者のスキルを棚卸しするのにちょうどいいな」と。 自分が失敗した原因はどこにあったのかを勉強するきっかけをつくろうと思いました。 そこから勉強を始めて受験してみたら、一次試験も二次試験も通りました。 その勉強の中で知識が増えていき、「ああ、あのとき俺が判断したのはこういうことやったんや」と、経営者をしていたときに何気なくやっていたことが理論的にどういう風に裏付けされているかということがわかってきました。 僕のモットーは、「小さな努力で大きな成果」なんです。 中小企業診断士の本を読んだら、1000時間の勉強が必要と書いてあったので、この1000時間をいかに短くして合格するかということをテーマにしていました。 いわゆる名門大学に行った優秀な友人のところへ行って、「受験勉強教えてや!」と言いました。 3人の友人に聞いたら、受験勉強はこうすべきということを教えてくれて、彼らは皆ほとんど同じことを言いました。 その通りやって、合格し、中小企業診断士となりました。 資格を取得したときはコンサルティングの商売をするとは全く思っていなかったのですが、たまたまそのときに同じような子供用品の商売をやっている、ある上場企業の社長に呼ばれました。 そこが手がける新規事業のお手伝いをすることになり、結果的には資格取得から1年後の1997年に経営コンサルタントの真似事みたいなことを始めます。 1997年からは、コンサルタントとして生きよう!と決めたわけです。 「今日から俺はコンサルなんだ!」って、自分にも言い聞かせるみたいに。 よく考えてみたら、僕が経営コンサルタントになったというのを知っているのは僕だけなんですね。 「それはあかん!吉田が経営コンサルタントになったということをまず知ってもらわなあかん!」と思って、名刺をばーっと見て、ある社長のところへ行きました。 僕は、中小企業診断士という資格を持っていましたし、メーカーに就職して小売りの経験はあったのですが、「経営コンサルタント」というものが何をするのか全くわからなかったんです。 当時、1997年に「経営コンサルティング」と検索しても、まだグーグルもなく、ヤフーも登録制の時代だったので10行くらいしか出てこなかった。 その10行というのは上場している、もしくは大手のコンサルファームの情報でした。 そのホームページを見ると、財務の指導、営業の活性化から人事評価までフルメニューで書いてありました。 素人なので何がなんだかわからなかったのですが、それを全部コピーペーストして、資料を作ってその社長のところへプレゼンしに行きました。 すると社長は、僕の説明が終わると、閉じていた目を開けて、こう「吉田君、すごいな、コンサルタントの百貨店やな。 」と言ったんです。 しかし、「でもな、コンサルタントの百貨店はやめたほうがええで。 あんな、吉田君。 吉田君がやろうとしている商売は、しょせん口コミやろ。 」と続きました。 彼はもう、僕のビジネスの本質をついていたわけです。 何でもできるコンサルタントというのは、口コミしづらい、と。 例えば、社長同士の会合があったとき、「俺の知り合いでなんでもできるコンサルがおんねんけど、ちょっと使うてみてくれへんか。 」とは言いにくいわけです。 僕は仕事がなくて、どんな仕事でも取りたいと幅広いメニューで展開しようと思っていたのですが、その社長からは、自分の専門分野を絞り込みなさいというアドバイスをもらったのでした。 そこで、意図したわけではないのですが、自分の得意なところで絞り込んでいくようになりました。 僕は実は、インターネットが好きなんです。 パソコン通信からのユーザーで、当時インターネットに出会ったとき、本当にびっくりしました。 これで絶対に世界が変わると思った。 1997年は、楽天やライブドアが創業した年で、関西でもネット系のベンチャーを立ち上げようという人達が僕のまわりに集まってきました。 なぜかと言うと、マーケティングやマネジメントのことはわかる、しかしインターネットがわからないというコンサルタントが多かった。 そのとき口コミで、吉田はインターネットに詳しいということが広まったのです。 頼ってきた人達が1999年から2000年にかけてどんどん上場していって、コンサルタントとしての人生が軌道に乗り始めました。 僕のもう一つの専門分野は、起業創業支援です。 僕の友人で、なんでも本音で話してくれる人がいるのですが、あるときその人が僕に言いました。 「お前が経営コンサルタントやるんはしんどいんちゃう?お前、事業に失敗してるわけやろ。 失敗したやつに金払って話聞きたい中小企業の社長なんておるんやろうか。 それを聞いたときに、なるほどなとは思いました。 29歳で自分の会社を立ち上げて、そして十数年やってきて、失敗した。 しかし、起業する人たちが何を一番怖がるがって、失敗なんですよ。 失敗がこわくて、一歩前に出られない。 それで、「俺に任せとけ」と思ったのです。 だって失敗してるから。 失敗した経験が、これから起業、創業したいという人達のお役に立てるのではないかと思ったのです。 資格を取得しようと思ったとき、数ある資格の中で中小企業診断士を選ぶという時点で、実はもうすでに絞り込んでいるわけです。 しかし、「中小企業診断士」というのではまだまだ絞り込めていません。 狭ければ狭いほどよいです。 僕はインターネットと起業支援という2つまで絞り込みました。 30代あんなに苦労してうまくいかなかったけれど、40代はほとんど苦労していません。 たまたまだけれど、狙ったところがうまくいって、トントン拍子でここまで来ることができました。 僕が思うに、資格を取得する人は3つに分かれます。 一つは、僕と同じ、敗者復活戦。 キャリアチェンジしたいと思っている人ですね。 二つ目は、純粋に資格が好きな人。 キャリアアップしたいと思っている人です。 自分の仕事に関連した資格を取れば、当然だけどスキルは上がっていきます。 三つ目が、自己実現型。 具体的な理由はないけれど自分の人生や毎日に不安や不満があって、資格を取得するというプロセスの中でそれを解決したい人。 こういう人たちは、資格が取得できればもうそれでいいのではないでしょうか。 キャリアを積み重ねたいという方も、同じですよね。 僕のように「敗者復活戦」の人が一番わかりやすいと思います。 例えば入った会社でうまくいっていないとか、学校の先生になったけれど自分が向いていないとか。 こういう人たちっていうのは、資格を取得してもまだ、その次がありますよね。 それでご飯を食べようという話ですから。 資格を活かしてビジネスにつなげるためには、僕が一番大切だと思っていることは、ネットワークです。 さきほどお話ししたように、僕がコンサルタントをやると言ったとき、知り合いの社長に「所詮口コミやろ」と言われました。 その口コミを広げるためには、まずたくさんの人と、手裏剣のように名刺交換します。 「こんな手裏剣みたいに名刺交換したって、顔と名前覚えられへんやんか」とよく言われますが、覚えられなくていいんです。 向こうが覚えてくれますから。 それともう一つは、1回目がなかったら2回目はないということです。 出会いには、1回目が絶対に必要なんです。 だから僕は交流会のような場所ではどんどん名刺交換します。 コンサルタントというか、請負業でやっていくためにはネットワークが全てなのです。 さらに、僕はそのようにして知り合った人達に対して、情報を発信し続けるということをやっています。 1998年からメールマガジンを書いていて、今は「吉田雅紀のGENKIな365日語録」という日刊メルマガを配信しています。 「経営に現状維持はない」とか「笑顔の力」とか、こういう1行がパソコンに届きます。 もう、不幸の手紙みたいな感じですね(笑)。 こんな風に情報発信して、僕のこと忘れんといてな、ということです。 勉強をして資格を取得した人の中に、僕みたいに敗者復活戦ではないけれども、次の仕事なり自分の事業なりをつくっていきたいと思っている方がいるとしたら、まずは土俵を絞り込むということです。 次は、自分でやることを決めてしまうということ。 そして決めたことを実直に守ること。 最後はやっぱり、口コミです。 仕事は人と人とのつながりなので、家にいたらネットワークは広がりません。 誘われたら断ってはいけません。 チャンスは、皆さんのお家や会社じゃなくて、表にあるということです。 日頃から、クイックレスポンスを大切にしているという吉田氏。 会場の皆さんからの質問に30秒以内に答えるという「一問一答タイムショック」を行いました。 モデレーター:株式会社アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役 新井健一氏 それでは、本日お越しいただいた皆様からの質問をもとにお伺いしていきます。 まず1つめです。 Q「起業家で成功する人の共通点、失敗する人の共通点は?」 ありません。 おわり。 (笑) ご商売のセンスが良い方はいますよね。 というか、質問された方の商売のイメージがわからへん。 身の丈経営なのかとか。 日本一とかグローバルな経営者になるとか言ったらまあ失敗するわな。 (笑) 起業のイメージがどんなんかでだいぶ答えが変わるけど、まあ、どっちにしてもあんまりないよね。 修正していけるってことですか。 修正していけるし、一つの要因で成功する人もいてないし、一つの要因で失敗する人もいてない。 次の質問です。 Q「コンサルがうまくいかず廃業してしまった起業家の話と、原因分析をお願いします。 」 ここ10年くらいコンサルってもうしてないんでね。 でも自分の出資先に対して社外取締役になったりとか、顧問とかで経営会議に出て意見を言ったりっていうのはある。 そこでうまいこといかへんていうのははっきりしてるよ、ベンチャーの場合は。 要するに当初の目論み通り売り上げがあがらへんかったってことや。 ほとんどの場合、目論み通り売上は上がりません。 それは問題やない。 どう方向転換するかってことに失敗する。 方向転換しないでそのままつぶれてしまうっていうのもあるけど。 Q「将来的に、現在の会社で経営企画部に異動したいと考えています。 中小企業診断士の資格は活かせそうでしょうか。 」 うん、活かせるんちゃう。 (笑) Q「行動しているが、結果がでない。 そのとき、その間はどのように過ごしていましたか。 モチベーション維持?やり過ごしていましたか? 」 行動してるんやけども成果がでないっていうのはどのくらいの期間なんかなって気がするわ。 3ヶ月ぐらいのイメージ?ほんとに一つのこと1年間やり続けて答えがでないなんてことはないと思うよ。 答えは出るよ、きっと。 もう一個は、ある目標があって、この成果を出すために、手段として、いくつかの方法論がある中の一つを選びました。 これを一生懸命やります。 一生懸命やるんやけどなかなかここに到達せえへん。 結果として到達せえへんかったとしても、ここで一生懸命やったことのノウハウっていうのは、全部その人のものになるんでね。 人生に無駄はない。 どれくらいのタームで今の話してるかわからへんけど、成果は出ます。 一生懸命やれば。 よっぽどとんちんかんではないかぎり。 Q「3名の友人から教えてもらった勉強方法を教えてください。 」 友達はつくるな、過去問をやれ、ヤマをはれ。 Q「これまで経験されたディレクションの成功例をお聞かせください。 」 自分の会社でやっているのは、「katanaオフィス」というインキュベーションのビジネスモデル。 利用課金制のオフィスというのをつくったんやね、コインパーキングみたいに。 僕の頭の中では、起業する人たちは本当に経営が不安定で、固定費は敵なんやね、やっぱり。 だからオフィスをいかに変動費に変えられへんかっていうのが僕のテーマで。 それをつくったんで、世界は全部調べてないけど、日本ではうちが初めてです。 最近は出てき始めましたけど。 この利用課金制のオフィスをつくろうと思うと、システム化しないとできないです。 うちは、カードキーのハードそのものも自社で開発しました。 これは一番、自分のとこのモデルではうまくいったんじゃないかと思ってます。 Q「現在の仕事以外で興味のある分野や仕事はありますか。 またその理由は。 」 ない。 今の仕事、起業創業支援、めちゃおもろい! まだまだやりたいこといっぱいある。 ちなみに今、国をあげて起業率を上げるべく政策を遂行しています。 今、日本の起業率は5%です。 これを10%に上げようっていうことで。 僕も講師をさせていただいていますが、全国で300ぐらいの団体が実施しているんですよね。 そういうのを、吉田さん多く手がけられて、さらには町単位で起業をやっていくってことをされています。 講師:吉田 雅紀 様 代表取締役 1997年より経営コンサルタントとして、ベンチャービジネスのスタートアップを専門に成長戦略の構築・支援に携わりながら、講演活動も積極的に行う。 大阪産業創造館「あきない・えーど」所長を経て、「起ちあがれニッポンDREAM GATE」の総合プロデューサーを歴任。 2003年、起業支援家部門 経済産業大臣賞受賞。 現在は起業支援型サービスオフィス「katanaオフィス」、スタートアップ出資に特化した「katanaファンド」、起業支援サービス「katanaインキュ」を運営。 著書も多数あり、近著に「」(すばる舎リンケージ)。 中小企業診断士、ITコーディネータ。 モデレーター:新井 健一 様 代表取締役 早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー、外資系コンサルティング会社、同ビジネススクール責任者、医療・IT系ベンチャー企業役員を経て独立。 大企業向けの人事コンサルティングから起業支援まで幅広い経験を活かしたコンサルティングやセミナーを全国で展開。 FMたいはく(仙台市)のラジオパーソナリティも務める。 著書に「」(かんき出版)等.

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株式会社あきない総合研究所 新代表取締役社長就任のお知らせ|株式会社あきない総合研究所のプレスリリース

あきない総合研究所

あきない総合研究所 吉田雅紀社長 あきない総合研究所は14日、IT系のスタートアップ期のベンチャー企業に特化した、小口分散投資を行うファンドを大和SMBCキャピタル、エンゼルキャピタルのほか、上場IT系ベンチャー企業や創業経営者との連携により設立すると発表した。 あきない総合研究所は2009年12月に起業家や起業準備中の個人を対象とした、ベンチャー支援プロジェクト「katana」サービスの開始を発表。 独立に必要な「ヒト」「カネ」「モノ」に関わるリソースを提供するとして、第一弾としてのレンタルサーバーや会計ソフトなど「モノ」に関する支援サービスを発表していた。 今回発表したファンド「スタートアップ支援ファンドkatana-1号(以下katana-1号)」では「カネ」の面をサポートする。 katana-1号ファンドの投資対象はベンチャーのスタートアップ期に特化し、原則設立後3年未満、時価総額5000万円未満のIT系企業、およびITを事業に活用している企業のみに限定する。 ファンド規模は2億円で、2010年1月設立でファンド期間は10年間。 小口分散投資で、出資金額は初回100万円、最大500万円まで。 追加出資は、当初の目標をクリアすることなどを条件に決定する。 あきない総合研究所の吉田雅紀社長は発表会で、「最初、このファンドをできないかと企画を書いた時は、万馬券ファンドと呼んでいた」として、実績もない段階の投資であることを強調。 「このkatana-1号がうまくいって、スタートアップに特化したファンドがもっと出てくれば、マーケット全体で立ち上がる起業家を支援することができ、ひいては日本の国を変えることにつながると思っています。 ひとつめのファンドでみなさんの期待におこたえすることでスタートアップを支援すると言う文化を育てたい」と述べた。 投資対象企業の選抜については、「立ち上げ間もない企業を対象とするコンセプトから、参考にする実績もないので、起業家(人物)を重視して出資していきたい」。 また、出資先を選ぶことも重要だが、「まずは起業家にこのファンドを選んでもらえるようにしたい。 このファンドからたくさんの新しいビジネスモデルを作る企業が生まれたと言われるようにがんばりたい」と述べた。 「人物を重視する」という点について、具体的には「僕が起業家を見るポイントの第一は、まず笑顔がいいこと。 起業家は、最初は誰でも周りに支援してもらわなければならない。 愛嬌は大事です。 次に、自分の弱味や足りないところ、何が必要かという課題がはっきりわかっている。 そういうことをきちんと言える素直な人がいい。 次に、何がしたいかという事業の内容を見ます」とコメントした。 katana-1号に出資した大和SMBCキャピタル株式会社の代表取締役副社長 勝川恒平氏は、「通常であれば、実績もまったくないスタートアップ期のベンチャーを対象とした投資ファンドというのは難しい。 実現にこぎつけたのは、情熱に燃えるわが社の若い人たちが、必死の思いでこのファンドのお手伝いをしたということが、出資にこぎつけた最大の要因」と述べた。 大和SMBCのほか、ミネルヴァ・ホールディングス株式会社と妹尾 勲氏が出資。 テレビショッピングにかかわる業務全般を請け負い、起業から2年半で東証マザーズに上場して話題になった株式会社トライステージの起業社長である妹尾 勲氏は、個人の立場で出資に参加した。 右からあきない総合研究所 吉田雅紀 社長、katana-1号に出資した大和SMBCキャピタル株式会社の勝川恒平 副社長、ミネルヴァ・ホールディングス株式会社の中島成浩 会長兼社長、妹尾 勲氏 関連情報.

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