ウテナ 考察。 少女革命ウテナ

その鐘がなる 少女革命ウテナ

ウテナ 考察

ある日、鳳学園に天上ウテナという学生が転校してきます。 クラスメイトの篠原若葉が学園を案内してくれることに。 二人の女生徒が送る校内放送が流れる中、校内を歩く二人。 女の子に大人気のフェンシング部では、生徒会メンバーでありフェンシング部キャプテンでもある有栖川樹璃と、同じく生徒会メンバーである天才少年、薫幹が戦っています。 樹璃は皆から「王子様」と呼ばれており、女の子に大人気で、その日もコートの周りには人だかりが出来ています。 その時、ウテナは人だかりの中に知っている顔を見つけ、ハッとします。 それは昔恋人だった桐生冬芽という男でした。 君とこうして話すのは何年ぶりだろうと話しかける冬芽に、あんたを追いかけてここに来た訳じゃないと強がるウテナ。 ウテナは男子用の制服を着ており、そのことを尋ねる冬芽。 あんたと別れてから自分は志高く生きる王子様になろうと決めたんだと答えるウテナに、冬芽はバラを一輪差し出します。 その指にバラの刻印が記された指輪がはめられているのを見て、婚約したのかと思うウテナ。 しかし冬芽は言います。 この「バラの刻印」がこの学園に自分を導いたのだと。 冬芽が去ってから、ウテナが一人赤いバラの花壇を見つめていると、その中に一輪だけ白いバラがあります。 突如そのバラは光り出し、中から先程冬芽が付けていた「バラの刻印」と同じものが現れたのです。 ふと上を見ると、沢山の赤いバラの花びらがどこからか降ってきます。 上には空中庭園があり、上ってみたウテナは、そこで姫宮アンシーという女子生徒に出会います。 アンシーは理事長の妹であり、この空中庭園は自分の為に特別に作られたものだと説明します。 その時、ウテナがバラの刻印を持っているのを見たアンシーは驚いた表情を見せたかと思うと、それを奪おうとしてウテナと揉めあいます。 その時です。 西園寺莢一という男子生徒が現れ、バラの花嫁に手を出すなと言います。 バラの花嫁とはどうやらアンシーの事のようです。 すると、ウテナの持つバラの刻印を見た西園寺は、そうか君もデュエリストかと言いますが、ウテナは意味が分かりません。 よく見ると西園寺の指にもバラの刻印があります。 ウテナがバラの刻印について西園寺に聞きます。 西園寺いわく、このバラの刻印はバラの花嫁を手に入れる為の決闘に参加することが出来るデュエリストの証だということです。 冬芽の姿を思い出し、ウテナは思い切ってバラの刻印を指にはめ、西園寺と決闘することになってしまいます。 ルールは胸に付けたバラを先に散らされた方が負け。 所有物扱いし、アンシーを雑に扱う西園寺や、決闘で女の子をやり取りするというシステムそのものに怒りを抱いたウテナは、西園寺が本物の剣を持っているにも関わらずホウキ一本で戦いに望みます。 しかし、西園寺の剣によりホウキはすぐにボロボロになり、ウテナは丸腰になってしまいます。 その時突如アンシーがウテナの前に飛び出し、ウテナに接吻すると、アンシーの胸から輝く一本の剣が現れます。 その剣を引き抜いたウテナは西園寺に勝利し、その夜からアンシーはウテナの寮にやって来ることに。

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【少女革命ウテナ最終回考察】ウテナは王子様になれたか?

ウテナ 考察

もう1週間前ですが、 ニコ生公式放送の 「少女革命ウテナ」の感想・考察を書きたいと思います。 いつかどこかで、ウテナの考察を書きたいっと思っていたのですがw 今回はそういう考察にはなっておりませんw でもって「まとめ」てるわけじゃでもありません。 適当すぎてスイマセンッというレベルの 落書きです。 世代的にはウテナ世代なのですが ちゃんと見たのが 「ピングドラム」を放送する1年ぐらい前で 何故?当時みなかったんだーっと落胆するぐらい 衝撃を受けました という事で、今回は2週目っということです。 2週目ということで、 1週目には思わなかった 新たなる解釈 「アキオ」内弁慶説が生まれたので 最後にドドンっと書いていますw 今回は考察サイトやwikiとか見ずに書いてみようっと思います。 てか今から適当に書きますw 世界陸上見ながらな! ・今回書こうっと思うこと ウテナっといえば、色々な比喩表現・暗示というか 多彩な演出や、音楽とか色々語るところがあるでしょうけども 今回は2回目みた率直な感想を書こうっと思います。 ・まず、世界観です。 ウテナの世界は「鳳学園」であるっということ ぱっと考えれば、単なる学園物?っと思えるかもしれないが ・ところどころに登場する非現実な演出 ・歳を取らないアキオ ・根室記念館 ・枠にとらわれないギャグ回 普通映像にされたものは真実っと受け取るべきだが これらの存在により、 どこかの世界のどこかの学校っというより よく分からない学園 ファンタジーというか?虚像の世界というか? 「よく分からない学園と呼ばれる世界」 理屈・現実が通用しない。 虚像の学園っというようなイメージをもっている。 また、劇中で起こったことこそが事実っという風にも 思っておらず 見る角度によって無数の意味を出し かつ、ストーリーから矛盾するような考察ができるのが 面白いところの1つだと思う。 ・「鳳学園という世界」 ウテナをみていると、鳳学園っというもの自体が 「殻」=「世界の果て」であるっとそういうイメージを受ける。 大人っという現実から 「隔離された楽園」 永遠に子供でいられる世界 楽園という檻 その「世界の果て」こそ 現実っという事実が待っている世界であり 大人の世界なのである。 そしてその生徒達は 皆、心に闇・限界・恨みっという殻をもっていて それを 希望・願望・理想という意志により 殻を破ろうっとしている。 ・鳳学園における「アンシー」 皆、妬みに嫉妬に、希望に願望、夢っといったような 殻を破る種を身に秘めているように思う。 だが、どうも2回目みてハッと思ったのは アンシーだけがその種・・・殻を破る感情っというものが すっぽりっと抜けているように思う。 兄ですら理由をもって行動しているっというのに アンシーは兄のいわれるままで 夢や希望・・・っといった感情すらない感じである。 ウテナとアンシー 鳳学園っという世界にいるのに アンシーには自分の意志・希望っといったようなもの 世界を革命しようっという心が存在しない・・・ 何故なのか? アンシーの心は、底のそこ・・・「棺おけ」で眠っている。 ・・・っと思えばそれでもいいけども 私はアンシーの心に壁ができる時に 助けてくれる願望・希望・理想っという物を諦めた 諦めた=切り放したっと思っている。 その切り放した、理想の王子様こそ「ウテナ」 ウテナはアンシー 全てを諦め、殻に閉じこもったアンシー 理想を胸に現実に向き合うウテナ ウテナはアンシーの心に残っている種の成長した姿であり ウテナ自身、理想というものを考え苦悩し 理想と現実との戦いに挑み、 理想は現実になりえるっという事を証明し アンシーを心の底・・・「棺おけ」から助け出した。 少女革命ウテナっという物語は アンシーがウテナになる物語。 ウテナは学園から消えてしまった。 現実と戦える人物はこの楽園にはいられない。 しかし、ウテナはアンシーであり アンシーはウテナなのである。 心の枷から解放されたアンシーこそウテナなのだ だからこそ 学園から卒業し、 自分からウテナに会いに行く。 それこそ、 成長し、自分がウテナになることで 「自分から会いにいく」っという事ではないだろうか? アンシーがウテナならば? 同一人物だって? 劇中で、ワカメ達が少女時代のウテナに会っている じゃないか?矛盾じゃん とか言われるであろう・・・まったくもってその通りである あくまで私のイメージ 私はそう感じた、だけの話 だけど、冒頭に書いたように 味方によって色んな意味を持つのがウテナだと思っているので これはこれでアリだと自分には言い聞かせている。 まぁあえていうなら 過去のウテナは3つの「棺おけ」の一つに入って心を閉ざしている。 親が亡くなった?っといったような理由だったと思うが それこそ、 両親=良心ではないか? あの映像こそ、アンシーが 「良心」を無くし 絶望したっという話ではないか? っとwそうこじつけるのである。 また、劇場版は劇場版で テレビの続き・・・アンシーが革命し、ウテナを追いかけていったからこその あの性格っとも思える・・・から 自己矛盾はしているw アンシーとチュチュ 全ての感情を封印しているともいえるアンシーに 何ゆえ人外の友人がいるのだろうか? 普通に疑問に思っていた・・・ だけど私はやっぱり チュチュって、アンシーの気持ちの映し鏡ではないか?っと チュチュの行動をみていれば 基本アンシーが何を考えているのか読み取れるのではないか? 明確に関係あるのかな?っと思うのは アキオと会う時 ウテナとチュチュは一緒にいるだとかそういうところのみ なのだが 基本チュチュが適当に行動している時、 何かを食べているだとか、何かしら意味があるのだろうっと予測する 別段興味がない話の心情とかさ・・・チュチュを使っている気がする 寸劇はその話での核心 アンシーとチュチュの話をしていて思い出したが 各話に存在していた影劇・寸劇こそ その各話を理解するべきヒントであり、核心だと思う。 それを考えてみるとすごい面白くなるのだけども それはまた今度w 王子様は男の子 アンシーはウテナを拒絶したシーンがある。 しかし、「棺おけ」を破るために アキオが使う剣は「ウテナの剣」である。 ウテナの剣=気高い心=王子=ディオス だからこそ 「棺おけ破壊」にしようした・・・ それ女子の気高さじゃないのか? 王子様は男である必要はないっと 言ってるようなものじゃないか? 何ゆえアンシーは「男」を示唆する言葉をいったのだろうか? コメントを見ていると皆 女の子だから・・・みたいな事を言っていたっと思うが 私はちょっと違う これは、 きちゃダメー!!!っと言っているのではないか? これと同じシーンがあったじゃないか? 学園の~建物の上でアンシーが身投げしようっとした時 あれはアンシーの本心が出てきた瞬間であり ウテナを巻き込みたくなかった有無が詰まっている。 だからこそ、ウテナは王子様なのだ 迷っていた・・・ 巻き込みたくなかった=百万本の剣の対象になりうるから なのではないか? 現に「百万本の剣」が向かう描写があった以上 王子様なのだ ウテナの剣は折れちゃった ウテナの剣、王子様=気高い心は 「棺おけ」の前にして見事にアキオに利用されていたとはいえ 折れてしまう。 これは、折れる=現実に負けたっという意味だと思う けど、 現実に打ちのめされた=アキオであり ウテナは現実に打ちのめされたけど 決して諦めないっという風に思えた・・・ 世の中は理想だけでなんとななるものではない 諦めるなっといったような・・・ ウテナとアキオ 同じ王子様でありながら 王子様になろうとするウテナ かつて王子様だったアキオ やはり明確に違う ある種、子供で王子様になろうと苦悩し、現実と対じするウテナに対し 何もかも知ってしまった、俺じゃ何も出来ないっと悟っているアキオ 「世界の果て」こそ限界であり 学園をその果てで囲っているからこそいつまでも子供なのである ゆえに、その世界にいるかぎり アキオはいつまでも子供 大人と子供の境界線で決断できなくて いつまでも時間を止めている。 他人に頼っている、自立できないでいる 遊んでいる、逃げている。 アンシーにはそう見えた。 さて そんな話どこかになかったっけ? みっきー兄弟という「記憶違い」 そう 「みっきー」だ みっきーは昔の思い出の「妹」を「アンシー」と重ね合わせていた しかし、実際の妹とアンシーは似ても似つかない。 元々できる「妹」など存在しなく 「妹」本人がいうに自分は凡人で その「妹」という虚像は みっきーの中にしか存在しない記憶である。 つまり、 かっちょいい兄貴だと思っていたからこそ ずっと兄貴の味方をしていたのに 実はダメ男で絶望した! でもダメな兄貴でも守らなくてはならない 兄一人では生きてはいけないから だから、 感情を殺し、兄のために働いてきた しかし、これでいいのか? っと、 お前は出来る子だろ? 燃えろよ!前に出ろよ!っと 苦難にも負けず、現実にも屈指ず 自分を助けるためだけに王子様になろうっとした人に 心を揺り起こされ 内弁慶である兄を捨て、 囲いである家を捨て 理想の自分になるべく旅だつ っというような妄想になる。 まぁこれは単に今思っただけだから みっきーあきおのクダリは忘れてください ホントはもっとこう 考察サイトみたいに 〇〇は何かを示唆・意味しているだとか (メタファーって言葉が嫌い) 音楽が!だとか 哲学的に書きたいな~っと思ったけど 今回見たメインストーリーの思ったことを 箇条書きみたいな感じで 別段意味のないことを書いてしまったw まぁ、考えてまとめて書いたわけではないからねぇ・・・ いつかまじめに書いて どっかにあげておきたいっと思います。

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原作コミックス『少女革命ウテナ』感想考察ネタバレ 漫画とアニメの違い 結末

ウテナ 考察

いきなり核心から入るが、天上ウテナと姫宮アンシーは二人で一人、つまり同一人物である。 『少女革命ウテナ』という物語を極端に要約すると、 「現実世界があまりに過酷なため、丸ごと一人では生きられず、半分に分裂した虚構として生きていた女の子が、最後に元の一人の人間にもどる」 ということになる。 〜突然の事故で両親を失い一人残された幼い少女は、残酷で理不尽な世界への恐怖と、有限の命への絶望のため柩(ひつぎ)の中に閉じこもり、生きること自体を放棄してしまっている。 また、その後ウテナはなぜ「王子様」を装ったのだろうか。 だがウテナは柩の外へと出る。 そしてそこに重要なギミックがある。 ・ 『少女革命ウテナ』の革新的で面白いところのひとつは、同一人物である天上ウテナと姫宮アンシーを同時に登場させている点だろう(たしかにそれが物語を難解にさせている一因でもあるが)。 ウテナの場合、自分の中の闇や絶望を閉じ込めることによって、残酷な世界の中でも光の王子という虚構として生きることが可能になった。 ・ このように、ウテナとアンシー(王子と魔女)は、闇を閉じ込める光、あるいは光を閉じ込める闇という風に、互いに相手を封印することにより存在している偽りの人間、絶望から生まれた虚構の役者たちであり、これが二人(一人)の関係の基本構造となっている。 やがて不完全な彼女(たち)は原初に戻る。 この物語上で王子が救出する囚われの姫君とは、かつて自分が王子として存在するために自ら閉じ込めた魔女である。 このことは、王子による姫の救出が最初から不可能だったことを意味する。 なぜなら、王子は魔女を封じ込めることによってのみ存在できる虚構だから。 王子が魔女を救出することは、ウテナとアンシーを存在させているシステム、つまり王子と魔女の物語世界そのものを破壊することだからである。 事実、ラストでウテナがアンシーを開放した瞬間に彼女(たち)の存在を支えていた世界は崩壊する。 そしてウテナは消え、残されたアンシーもすでに魔女ではなくなっているのである。 しかしそれは少しも悲劇ではなく、これ以上ないハッピーエンドであり、完全に新しい物語の始まりといえるだろう。 単独では虚構にすぎない光と闇はこうしてひとつになった。 ・ 単に物語の筋が変わったのではなく、物語の枠組み、それ自体を破壊して完全に別の新しい物語へと創り変えること。 世界のシステムの外側に出て、世界の意味そのものを変化させること。 ウテナの「やっと会えた」というセリフは、あの時置き去りにしてしまったもう一人の自分に語りかけたのだ。 これは「光の王子は闇を封印する 犠牲にする ことで存在している」という構造を、「闇が光を救うために自ら犠牲になった」と、逆に闇の立場から捉えた表現である。 だが、結局のところウテナとアンシーがもともと同一である以上、この二つは同じことであり単なる表現上の違いでしかない。 そしてクライマックスでアンシーはウテナの背中に剣を突き立てるのだが、それは特に裏切りとは言えないだろう。 ウテナもアンシーも本来相手の苦痛の根源としての存在なのであり、だからこそお互いを封印したのだ。 ここでひとつ。 」〜 というセリフについて。 これは鳳学園での生活のことをいっているのではない。 それ以前の昔、ウテナが柩に入る前、一体となったリアルな生を二人で(一人で)生きていた当時のことを指している。 〜鳥は卵から出るために戦う。 卵は世界である。 生まれようとするものは世界を破壊しなければならない。 〜 これはそのまま『少女革命ウテナ』のテーマにつながっている。 そして、そのあと『デミアン』ではさらに、 〜鳥は神へと向かって飛ぶ。

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