千と千尋の神隠し いつも何度でも 歌詞。 「いつも何度でも」歌詞の意味を教えます。【千と千尋の神隠し】

いつも何度でも|宮沢ちひろ|note

千と千尋の神隠し いつも何度でも 歌詞

公開日: 2001年7月20日公開 日本 監督: 宮崎駿 原作: 宮崎駿 出演者:柊瑠美、入野自由、夏木マリ、内藤剛志、沢口靖子、上條恒彦、小野武彦、菅原文太など。 主題歌:木村弓「いつも何度でも」 第52回ベルリン国際映画祭『ブラディ・サンデー』・ 金熊賞受賞 第75回アカデミー賞アカデミー長編アニメ映画賞受賞 イギリスBBC主催投票世界の177人の批評家が「21世紀の偉大な映画ベスト100」の第4位選出 日本歴代興行収入第1位興行収入300億以上。 excite. この冒頭の千尋の顔を覚えておくと、 最後の輝くような千尋の顔を観て成長したなぁ…と思わず我が子の成長を見守るかのように感動してしまいます。 千と千尋の神隠しのあらすじ(ネタバレなし) 小学四年生の千尋は両親の都合で引越しをする事になります。 けれども 千尋は新しい家に住めるというのに超ご機嫌斜めです。 それもそのはず、 小学四年生の女の子といえば、友達関係も出来上がり親の都合で転校などしたくないお年頃の筈です。 「初めての花束がお別れのお花なんて寂しい。 」 千尋はしおれかけた1本のバラの花を手にそう呟きました。 ぶぅたれる千尋を両親はなだめますが、千尋の思いとは裏腹に車は新居へと近づいて行ってしまうのです。 と、その時です。 お父さんがメインの通りから少し入った所に迂回路らしき道路を発見したのです。 好奇心からその道に入って行こうとするお父さんにお母さんが一言。 「やめときなさいよ。 」 けれどもその言葉を無視してお父さんは小さな道に入って行ってしまうのです。 これが全ての始まりでした。 車を走らせたその先には、それ以上車が進めないように銅像が立っています。 そしてその先に朱塗りの古いトンネルがありました。 物語の冒頭と最後の部分で出てくる重要な役割をする古いトンネル。 実は始まりと終わりで少しだけトンネルのデザインが違うのです。 「千と千尋」を観た際に覚えていたら是非とも比べて下さい。 と、話がそれましたがお父さんは 「行ってみようか?。 」 と言います。 嫌がっていた千尋ですが、その場にいる方が銅像に見られているようで怖かった為、両親の後を追って不思議の世界に迷い込みます。 「やっぱり間違いないな。 テーマパークの残骸だよ、これ。 90年頃にあっちこっちでたくさん計画されてさ。 バブルがはじけてみんな潰れちゃったんだ。 これもその一つだよ、きっと。 」 トンネルを抜けた先には広大な草原が広がっていました。 遠くに小さな川のようなものも見えます。 千尋の両親はノリノリで先へと進みますが、千尋は先へと進む事に乗り気ではありません。 ここで千尋は子供心ながらに何か危険なものを感じていたのだと思われます。 そして小さな川を渡った先にはひと気の無い町があったのです。 商店が並んでいる割には本当にどこを見ても人がいない。 繁盛しているように見えるお店にも人はいませんでした。 それはとても不気味な風景。 千尋はきっと異様だと思ったに違いありません。 けれどもそんな事を気にせずに千尋の両親は進んでいきます。 相変わらず心配そうに周りをキョロキョロと観ながら後をついていく千尋です。 そして一軒のお店に入りました。 そこには美味しそうだけれど見たこともないような謎の食べ物が沢山置いてありました。 けれども不思議な事にお店の人を呼んでも出て来ない。 後でお金を払えばいいか…という気持ちでそこにある食べ物を食べ始める両親。 すると…ふたりは豚になってしまったのです。 いつの間にか明るかった空は暗くなりかけていました。 千尋は急いで元来た道を戻りますが、川の前で立ち止まってしまいます。 歩いて渡れるほど小さな川だったはずの場所は大河になっていたのです! 遠くには大きくて派手な船まで通れるほどの別の場所へと不思議な事に小さな川が変わってしまっていました。 そんな時、千尋は自分の身体の異変に気づきます。 「手が透けてる!」 そして手だけではなく身体全体が透けていることに気づいてその場に座り込んでしまいます。 「夢だ夢だ夢だ夢だ!」 一生懸命にこれは夢だと思い込もうとします。 けれども夢ではありません。 現実なのです。 そんな時にヒーローのごとく現れるのが「千と千尋」ファンに大人気の「ハク様」です。 ハクは千尋にこちら側の世界の食べ物を食べさせてくれ、千尋の身体がなくなってしまうのを止めてくれたのです。 千尋はハクの出現にも、今起きた出来事にも恐怖を隠せないでいました。 けれど、千尋には行く場所もなかったので、仕方なくハクに付いていく事に…。 そして連れて行かれた場所は大きな湯屋でした。 ハクはここで働かせてもらうように湯婆婆に頼むように千尋を説明します。 そこでハクとはこの場所でお別れです。 不安でいっぱいの千尋ですが、釜爺やリンなどの協力を得てなんとか湯婆婆の元へと辿りつきました。 千尋は湯屋の主、湯婆婆に 「ここで働かせて下さい!」 と懇願し、働けることに。 やったね!千尋!頑張った! けれども代わりに名前を一部取られてしまいます。 千尋にとっては怒涛の1日。 他の皆にとっては日常が終わり眠っていました。 けれども千尋は興奮していて寝れません。 そんな中誰かが千尋に近づきます。 それはここへと千尋を連れて来たハクでした。 ハクの後についてお父さんとお母さんに会いに行く千尋。 豚になってしまった両親に 「絶対に助けるからね!」 と 声をかける千尋の姿がとても健気です。 思わず「頑張れっ千尋!」と言いたくなってしまいます。 両親との面会の後心身ともに弱った千尋にハクからおにぎりの差し入れが! 神経が衰弱した状態でこんな風に優しくされると誰でも泣いてしまうのではないでしょうか? そしてハクは千尋に優しく言います。 「お食べ。 」 と。 その言葉で千尋の涙腺は崩壊。 おにぎりを頬張りながら、目からは大粒の涙が次から次へと出てきます。 そんな千尋を見てハクは優しく言いました。 「本当の名前を忘れないようにね。 」 と。 自分の本当の名前を忘れてしまうと湯婆婆の支配から逃げられなくなってしまうのです。 実はハクも湯婆婆に名前を取られてしまった人物の1人だったのです。 自分が誰かわからず、湯婆婆の支配から抜け出せないハクは千尋にも望みを託したのではないかと思います。 そして、千尋はハクに助けてもらった事があります。 ハクもそんな千尋を忘れてはいませんでした。 どうして湯婆婆の手下になってしまったのかは明らかになってはいませんが、ハクは千尋の為に命をかけてまで彼女を元の世界に帰そうとします。 でも、同じくらい命をかけても良いほど千尋もハクを大切に思っています。 ハクの身体の中の虫が暴れ出した時に命がけで彼を守ろうとした千尋はとても勇ましくてカッコよかった! 今まできっと本当に「人を大切に想う」という事を知らなかった千尋ですが、ハクの為なら何でもできてしまいます。 まさに釜爺の 「愛だね。 」 というセリフが物語っているのではないでしょうか? 他にも綺麗で幻想的な背景。 そしておなじみの久石譲さんの音楽が「千と千尋の神隠し」という傑作をさらに盛り上げます。 何回も観てください。 監督は当時、ジブリ関係者の子供と親しくしていて その 子供たちにメッセージを送りたかったと語っています。 この世界は綺麗ながらも、本当はとても厳しい。 当時の子供達が住んでいる世界は今は大人に守られています。 けれども、 これから大人になり色々な世界を知っていく中で大人は自分を守ってもらえません。 きっと挫折する事も あると思います。 「千と千尋の神隠し」上映当時に観た人はその事をもう知っているのではないでしょうか。 そんな厳しい世界でも強く生き抜いて欲しいという思いがこもっているのです。 個性豊かなキャラクター ハクは最初に千尋を助けてくれる重要な人物です。 けれども、あるときは優しかったり、あるときは知らないふりをしたりと千尋にとって素性のわからない人物です。 けれども重要な場面ではいつも千尋の味方をしてくれます。 そして、最後にハクと千尋の間には切っても切れない縁があることがわかります。 今回は「千と千尋の神隠し」でのイケメン。 ハクの秘密に付いても後で触れていきたいと思います。 千尋を湯婆婆の所まで連れていき、その後も色々と面倒を見てくれる姉御肌のリン。 彼女は外の世界に憧れながらも自分から外の世界にでる事ができない。 そういった意味ではいつもと違う毎日に憧れながらも同じことを繰り返している現代人の代表のようなリンです。 監督はそういうメッセージをリンに込めたのでしょうか? そして千尋を油屋の中で最初に助けてくれた釜爺。 優しいながらも全ての事を手伝ってくれるわけではない。 けれどもそれは釜爺の千尋に対しての「優しくするだけが優しさではないと」いう想いが込められているのではないかと思いませんか? キャラクターからも宮崎監督のメッセージ性が感じられる「千と千尋の神隠し」 このキャラクターにはどういう意味合いがあるのだろうか?なんて考えながら視聴するのも楽しいかもしれません。 今まで人の事に対して自分とは切り離して考えていた千尋ですが、ハクをはじめ色々な人に出会う事により、愛情というものを知っていきます。 ハクに対する想いは「ただ好き」ではなく釜爺も言っていたように「愛」そのものだと思います。 そうでないと、どこに続いているかもわからない電車になんて乗れません。 絶対にハクの事を助けるんだという想いが彼女の原動力なのだと思われます。 cinemacafe. そう、 彼の正体は今は無き川で「コハク川」といいます。 本当の名前は 「ニギハヤミコハクヌシ」です。 千尋は小さな頃にコハク川で溺れてしまいました。 それを助けてくれたのが、川の主であるハクなのです。 けれども残念なことに今は埋め立てられ、マンションになってしまっています。 名前を思い出してもハクには帰る場所がありません。 しかも湯婆婆との約束もあります。 結局名前を思い出しても、ハクには哀しい未来しか残っていないのではないかと思うと胸が痛みます。 作中には出てきませんが、 千尋の髪を結っている紐がキラリと光った瞬間にハクは八つ裂きにされたのではないか?という噂があります。 それが本当なら本当に涙無しでは見られません。 映画上映時の終わり方はDVDに入っているものと違うという説もあります。 そのお話とは千尋が新居に行った際に小さな川が流れていて、その川こそがハクの生まれ変わりという説です。 それが本当であれば、ハクは生まれ変わり、ずっと千尋の側に居られるという事です。 是非ともこちらのエンドであって欲しいと願ってしまいます。 けれども、ハクは八つ裂きにされてしまった可能性が高そうです。 ジブリ公式ブログに書かれている解説が信憑性を増すのです。 「すべてのことはルールに従わなければならない」という世界観により湯婆婆の言葉通り八つ裂きにされる運命をハクは受け入れている。」 この一文を読んでしまうと、やはり運命を受け入れてしまったのかな?なんて思ってしまいます。 映像美と主題歌に心打たれる理由 スタジオジブリといえば幻想的な画面に世界中の人たちが魅了されています。 この、千と千尋の神隠し」も例に漏れずとても幻想的な風景に惹きつけられた人が数多くいます。 そして、この映画の舞台はどこだろう?と色々と噂されていますが、 一番有力なのは「台湾」です。 台湾に旅行に行った方のインスタグラムには、「千と千尋の神隠し」と似た景色がたくさんアップされています。 主題歌は木村弓さんの「いつも何度でも」です。 実は最初はこの曲が主題歌ではありませんでした。 宮崎監督作詞・久石譲作曲の「いのちの名前」が主題歌だったのですが、 木村さんのデモテープを聴いた宮崎監督が映画と主題歌の歌詞があまりにもリンクしている為、急遽変更になったのです。 ハープで奏でられる繊細さと強さを持ち合わせたこの曲は、まさに「千と千尋」にぴったりではないでしょうか。 「いつも何度でも」というタイトルにも千尋の「何度挫けても頑張ろう」という気持ちが体現されているような気がします。 確かに本編を通してずっと暗いイメージがつきまとうこの作品。 キャラクターはコミカルだし、映像もとても明るいのですが、子供にとってはカオナシなどどこか恐怖を感じるキャラクターや、 カオナシが暴走するシーンなどは大画面で見ると怖いのかもしれません。 また、この映画が制作されたのは2000年に突入したばかりの頃です。 人々は何かしらの不安を感じながら生活していたのかもしれません。 そして、子供の軟弱化が進み核家族が増えてきた時代でもあります。 そして千尋はそんな時代を象徴する子供です。 手足が長くて、すぐにぶーたれてしまう千尋。 そんな今時の軟弱な子供が、色々な人の優しさや強さを知り、自分で考えるという事をし、成長していく姿は見ていて勇気づけられます。 そんな監督のメッセージが大人の心を揺さぶるのかもしれません。 そして、今千尋と同じ世代の子供です。 「千と千尋の神隠し」という作品は、ジブリ映画の中でも特にメッセージ性の高い作品だと思っています。 映像に惹きつけられるのはもちろん。 千尋やハクの心の葛藤。 そして、どうして親だけ豚になってしまったのかというのをもう一度、いや、何度も考えて欲しいです。 その答えがわかった時にまた新たな発見があるのではないでしょうか。 当時映画を観て今は大人になった世代 おそらくこの作品を映画館で子供の頃観た世代は親になっている世代ではないかと思います。 改めて「千と千尋」を大人になって観た時に、そして自分が子供を持った際にどう感じるのか 「千と千尋の神隠し」という作品を通して子供の頃の心を思い出して欲しいと思うのです。 今時の子供 最近は物騒な事件も増え、子供達は大人に守られないと学校にも行けない世の中になってしまっています。 それはとても哀しい事です。 そして、そんな世の中ではやはり子供の軟弱化はどうしても避けられません。 また、親もどうしても過保護になってしまうのが普通です。 そんな理不尽な世の中で生きて行かなくてはいけない子供に観てもらい、少しでも千尋のような勇気を持って欲しいのです。 そして小学生の千尋が頑張る姿は、毎日繰り返される日常に疲れた人にとっては最高のサプリメントになるのではないでしょうか。 くじけそうな時、自分を見失いそうな時にこそ観て欲しい作品です。

次の

いつも何度でも 木村弓 歌詞情報

千と千尋の神隠し いつも何度でも 歌詞

スタジオジブリ最大のヒット作となった『千と千尋の神隠し』のエンディングテーマ、木村弓の「いつも何度でも」はハイトーン・ヴォイスが特徴的な楽曲だ。 宮崎駿作品のファンだったという木村弓が『もののけ姫』に大きな感銘を受け、いてもたってもいられなくなって、宮崎監督に自らが歌ったCDを添えた手紙を出した。 それに対して宮崎から、「今企画中の作品があるが、まだどうなるかわからない。 実現するときには、声をかけるかもしれません」という旨の返事が届いたという。 その企画は『煙突描きのリン』というタイトルで、度重なる大地震で瓦礫の街と化した東京を舞台に、銭湯に居候することになった画家志望の少女、リンを主人公とするものだった。 ある日、「いつも心踊る夢を見ていたい」というフレーズが浮かんだ木村弓は、そのフレーズこそ、悲惨な状況でも負けずに夢に向かって進む少女にふさわしいと感じて、詩人の覚和歌子に歌詞を書いてもらうことにした。 そして生まれたのが「いつも何度でも」だった。 さっそく音源を宮崎に送ったが、残念ながら『煙突描きのリン』の企画が実現せずに流れてしまう。 しかし楽曲を気に入っていた宮崎は、次の作品の作業を進める際に「いつも何度でも」をよく聞いていたという。 その作品こそは『千と千尋の神隠し』だった。 『千と千尋の神隠し』にも風呂が重要な舞台として登場し、主人公の千尋にはリンと共通する芯の強さがあった。 『煙突描きのリン』の息吹が、残されていたのである。 宮崎監督はエンディングテーマとして、「いつも何度でも」を映画に採用することを決める。 その知らせが木村弓に届いたのは、すでに予告編が公開された後だったので、とても驚くと同時に不安にかられたという。 だが、実際に映画が公開されると大好評で社会的な大反響を巻き起こし、やがて日本映画史上最大の興行記録を打ち立てた。 「いつも何度でも」から始まった宮崎との縁は、次回作となる映画『ハウルの動く城』にまで続くことになった。 木村弓は詩人の谷川俊太郎とのコンビで、倍賞千恵子が歌った主題歌「世界の約束」を作曲したのである。 参考サイト:.

次の

千と千尋の神隠しの主題歌「いつも何度でも」という曲の歌詞の意味を教...

千と千尋の神隠し いつも何度でも 歌詞

Contents• 主題歌「いつも何度でも」誕生秘話 この曲について、木村弓さんが映画完成前に作曲し、宮崎駿監督へ送った経緯があるというのは結構よく知られた話です。 始まりは、木村さんが映画「もののけ姫」を観たことにありました。 「もののけ姫」に感銘を受けた木村さんは、ご自身の作品CDやテープを手紙とともに宮崎監督に送ったそうです。 すると監督から以下のようなお返事が。 「煙突描きのリン」という作品の企画が進行中で、その作品が形になるときには連絡させていただくかもしれません。 宮崎監督から送られた「煙突描きのリン」とは、大地震に見舞われた東京を舞台にした物語でした。 手紙の中の作品アイデアを読み、しばらくしてからふとメロディーが生まれ、それが「いつも何度でも」になりました。 歌詞は、最初の2行だけ木村さんのアイデアでしたが、その後が出てこなかったため作詞家の覚和歌子さんに相談。 木村さんが「煙突描きのリン」の物語について話をしながら、鼻歌でメロディーを歌ったところ、覚さんにあるイメージが湧きました。 煙突の上に少女がいて、眼下に広がる瓦礫の向こうに海が見える… それからものの10数分で「いつも何度でも」の歌が完成したと言います。 「煙突描きのリン」の企画は残念ながら中止となってしまったそうですが、完成した「いつも何度でも」を聴いた宮崎監督は「とてもいい歌ですね」と感想を述べています。 企画は中止となっても、「煙突描きのリン」のアイデアは、不思議の町にある油屋の煙突、水に沈んだ街のイメージとして作品世界に出現しています。 歌詞と意味 「いつも何度でも」の歌詞は、やさしい言葉の中にとても深いものを感じます。 「千と千尋の神隠し」の物語に沿って解釈することもできますが、この歌詞はもともとの企画だった「煙突描きのリン」のイメージを重ねることで、よりぴったりくるようにも思います。 繰り返すあやまちの そのたび人は ただ青い空の青さを知る 果てしなく 道は続いて見えるけれど この両手は光を抱ける 大きな災害で破壊された都市、被災した人々、かなしみのやり場のない憤り。 そうした中にも希望が見える、そんな情景が浮かびます。 若干16歳にして単身渡米、ピアノを専攻して大学を卒業後、声楽家として勉強されていました。 一時、体調を崩して声楽の道を断念されたものの、癒しや祈りに関わる音楽の世界へ。 最近の活動 現在は全国各地でコンサートを行っていて、オーケストラと共に演奏されることも。 2016年末には三鷹の森ジブリ美術館にてサプライズ・クリスマスコンサートに出演されています。 詳細はにて確認できます。 覚和歌子さん 「いつも何度でも」の歌詞を担当されたのは、 覚和歌子(かく・わかこ)さん。 山梨県出身の詩人・作詞家として活躍。 沢田研二さん、平原綾香さん、SMAP、クミコさん他、多くのアーティストの作品に参加しており、詩集や翻訳絵本も出版されています。 最近の活動 詩作ワークショップや朗読会など、詩人としての活動を活発にされているようですね。 詩人の谷川俊太郎さんと、対談ならぬ対詩ライブを継続的に開催されています。 詳細は覚和歌子さん公認の公式ファンサイトにて確認できます。 「いのちの名前」 「いつも何度でも」と並んで、聴くと映画のシーンが思い浮かぶ曲として「いのちの名前」があります。 作曲はジブリアニメとは切っても切れない人・ 久石譲さんです。 劇中ではインストゥルメンタルのみですが、実はこの曲にも覚和歌子さん詞をつけています。 映画公開時に発売されたマキシシングルでは木村弓さんが歌っています。 未来の前に すくむ心が いつか名前を 思い出す 叫びたいほど 愛おしいのは ひとつのいのち 帰りつく場所 わたしの指に 消えない夏の日 これは2番の歌詞の一部ですが、千尋がハクに見送られて不思議の国を後にするシーンを思い浮かべて切なくなってしまいます。 映画音楽は、曲を聴いただけで物語や映像が浮かんでくるものが多いですが、ジブリ作品では特に印象に残る楽曲が多いと感じます。 映像がなくても、音楽でそのときの感動が呼び起こされるなんてすごいことですよね。 最後まで読んでいただいてありがとうございました!.

次の