日本人ならコメを食え。 海外「日本はアメリカの米を何トンも買ってるけど、僕らに文句を言わせたくないだけだって聞いたことあるよ」日本の田植えを見た外国人から様々な意見や感想が寄せられる

なぜ日本人はご飯を食べずにいられないか

日本人ならコメを食え

ギャグあり感動ありの剣道漫画。 アニメが「原作のアニメ化はこうあるべし」みたいなやつなので、アニメと合わせてどうぞ。 栄花段十朗に惚れろ!• ほとんど気合で解くようなゲームの攻略本の存在意義は付属のCD。 「きみのためなら死ねる ~完全版~」を歌えるようになろう!• どこまでも続く死のニオイ。 その先にあった幸せ。 絶望と救いという言葉がこれほど混濁(あえてこう言う)した作品はそうは無い。 UFOをエッセンスにしてもいない中学生の甘酸っぱいボーイミーツガール。 ヘタレぶりも中学生ならでは。 あの頃の脳内では無限の可能性があった。 キノはいろんな国を回る。 その国に滞在するのは3日間。 キノはそこで起こったことを否定も肯定もしない。 一度だけ否定したけども。 そうやってキノの旅は続く。 30代のボクラが憧れたフェラーリやカウンタック。 それらは今でも生きている。 そんな車たちに実際に乗ることで息吹を伝えるレポート満載。 そこには子供の頃の夢と大人になって知った現実が混在する。 マーク3からのセガハードが大好きという歪んだ愛情を自虐に乗せて送る筆ペン漫画。 セガサターン及びドリキャスは永久に不滅です。 ただのボランティアではいけないようだ。 性がからむと福祉も難しい問題になる。 でも人が人である限り避けては通れない。 障害者の性にどう向き合えばいいのか。 その方向性の一助になれば。 西側の機体とは一味も二味も違う独自進化をとげたソ連試作機の貴重な写真満載。 ある意味ソ連の崩壊は残念だ。 モーニングで連載していたらしい「横綱大社長」はカオスな漫画を求める人に。 他のも相当カオスだが。 カバー裏にコピペグルーヴ用素材アリ。 いろんな歴史の奇説について資料をもとにどこがトンデモなのかを詳細に解説。 最初から取り合われないような奇説が多い気がするけど、本能寺の変や出口王仁三郎の予言の真相など興味深い内容も多い。 蜂須賀小六の墨俣城の話が嘘だと知ってショック。 週刊少年ジャンプでは不人気作品は10週打ち切り。 それを逆手にとって10週で完結するように構成を練りに練った傑作。 未来への希望に満ちた人間賛歌はジョジョの奇妙な冒険に引き継がれる。 内容についてはとやかく言うまい。 どこをどう読んでもツッコミどころ満載だし。 文章もかなり変。 とにかく日本語がおかしい。 それを笑える人に。 幻冬社から文庫版が出ているが文章力が中学生並になって面白くも何ともないのでこちらをオススメ。 版を重ねても何の修正も見受けられないのがステキ• さえない少年が覗き込んだ真実の世界。 そこは真実だけが価値を持つ世界。 少年は宇宙を目指す。 あながち間違ってはいないと思う。 作者お得意のロジックに裏打ちされたストーリー展開が痛快な冒険譚として溢れ出す。 全10巻• 待望の新刊。 表紙がアセンダーだと即座にわかる人は仲間• 昭和浪漫の香り。 イイ男満載でお送りします。 将臣さん最高• 頼りない高校生が何故か西部劇さながらの銃携帯OKの大久保町(明石市)で何でか地域の悪と戦って?しまう。 吉本新喜劇が好きならこれも好きだろう。 絵は昔の電撃文庫のほうが好みだけど、ハヤカワで復刊したので入手しやすくなった。 いわゆるUMAに関する本。 各種写真も楽しいが、この本のキモは類人猿の性に関するレポート。 強姦地獄です。 この作者唯一?の完結小説。 日本が分裂国家になってベトナムへ行き、統一戦争を経てまた一体になる物語。 その目的は「日本が世界に先駆け完全なスペースシャトルを運用するため」という凄いもの。 戦艦大和が60年以上運用されて無類の強さを発揮します。 藤子・F・不二雄の凄さを感じる作品。 この苦悩は自信が体験したんだろうな。 劇画タッチでなくても劇画が描けるという好例。 伏龍への愛に溢れる本。 他にも25mm機銃とか二等輸送艦とか他ではとうてい読めない帝国海軍の末端兵器のことがよくわかる本。 死刑制度廃止のために殺人衝動が起こったら爆発するチップを頭に埋めて労働をさせるというファンタジー。 人間が人間として生きることの意味を考える本• 戦艦大和について長年研究をしてきた著者の決定版のようなもの。 菊水作戦時の行動が詳細に語られ、従来の説がいろいろ覆るような話もあるので、大和を知るには外せない。 表紙に騙されて買うとちょっと困る。 海上自衛隊の護衛艦乗りの妻になった著者が書く赤裸々官舎暮らし日記。 私がいた会社の社宅も似たようなもんでした。 世界中で発見されるオーパーツ。 そこには火星人の秘密が隠されていた。 コミックアンソロジーですが、並木先生のカッコよさは異常。 内容についてはググれば真相はわかるかと。 中身はかなり真面目な架空戦記。 ゲタの履かせ方は強烈だけど、全くの不可能でもないように思わせてる。 しかし、内容より随所に頻出するアニメ、ゲームのパロディで有名になってしまった。 帝国海軍がふとしたことで常温核融合を手に入れ、潜水艦以上の軍艦は燃料切れを気にすることなく太平洋戦争に突入。 結局はそれで勝つことはできずに謀略で終戦を迎える。 怪人井上成美は必見。 11自作自演陰謀論のおかしいところを資料を丹念に調べて論破した本。 個人的には真珠湾奇襲陰謀論やコベントリー爆撃の真相のほうが興味深かった。 自作自演を信じている人を翻意させることは出来ないが、陰謀が生まれる過程はよくわかる。 世界の中心読むくらいならこれを読め。 小説でしかなしえない表現、そして何ともいえない兄妹愛に泣け。 新興住宅地に引っ越してきたみのりちゃん親子。 車の中で自然が豊かだみたいなことを言ってるんですが、奥さんが旦那さんのほうを向くまでの絵が3枚だったんですが、止め方がおかしいのでカクカクして見えます。 PCがおかしくなったか?と思ったんですが、最初からそうでした。 これなら途中無いほうが良かったんじゃないか?そういうのはよくあるし。 親子の車の前に立っている爺さんがいます。 ヒバゴンみたいな顔をしてますが、今回の妖怪というわけではありません。 私は 勘違いしてました。 この爺さん、ここは人の住むところじゃないから出て行けと言い出します。 祟られるんだそうですが、そう言われて数千万で買った家を手放すわけにはいかんだろう。 家は新築なのに、壁に泥汚れが付いてました。 こういうのはたいてい妖怪の仕業ですね。 引越しの荷物の整理をしている間に飯時になったのでおにぎりを出す奥さん。 そのおにぎりはめっぽう美味いらしい。 来る途中で買った米で作ったおにぎりで、この辺りが米どころなのでこんな美味しい米が食べられるのです。 R・田中一郎が存命なら狂喜乱舞だな。 名前は 「多田の米」というあんまりにもあんまりな米ですが。 外は雨が降っているのですが、玄関のほうからうなり声のようなものが聞こえてきました。 みのりちゃんが玄関の窓を見ると動く泥の塊が見えます。 お父さんがドアを開けるとそこに立っていたのは一つ目の泥の化け物でした。 「田を返せ」と言いながら泥を吐いてきます。 必死でみのりちゃんを泥から守るお父さん。 みのりちゃんの顔が怖い。 小学校低学年ぐらいのはずなんですが… どうも今回絵の作り方がおかしいです。 本来のみのりちゃんはこういう子。 声は生天目仁美さん。 強気なお姉さんばっかりやってると思ってたので意外でした 泥の化け物はなおも迫ってくるのですが、雨が止んで玄関から日が差したら泥に戻りました。 キャシャーン並に気象条件に左右される化け物です。 化け物がいなくなって一安心かと思ったらお父さんが倒れてしまいました。 妖怪の出すものがただの泥であるわけないわなあ。 お父さんは意識不明のまま病院にかつぎこまれ、病室では鬼太郎が事情を聞いています。 妖怪の泥でこうなったことは明白なので、鬼太郎たちは土地の事情を聞くために不動産屋に行きました。 そこにいたのはねずみ男。 人間界で働くとき用の紫のスーツを着ています。 鬼太郎たちはまた何か詐欺っぽいことをやってるのかと疑うのですが、これはちゃとした仕事だとねずみ男は主張しました。 さて、不動産屋の社長によると、ここは一面の田んぼだったのを埋め立てて住宅地にしたようです。 電車も通ってスーパーもできる予定って、とても平成の住宅地とは思えない バブリーさです。 今、新しい鉄道なんてそうそう通さないだろ。 人が増えれば被害も増える、今すぐ開発を止めろと鬼太郎は主張します。 ここはもともと妖怪の住処なんだからと。 そんな押し問答をしている間に水道工事の現場の泥から泥の化け物が生まれました。 泥田坊です。 もともとは田を残して死んだ爺さんが、放蕩息子に怒って出てくる妖怪だったんですね。 昭和になってから、太平洋戦争で田を徴発された農民の恨みから生まれたというかなり新しい説もあるようです。 この泥田坊、4~5mありそうなのですが、鬼太郎たちはともかく社長や みのりちゃんまで走り寄ります。 怖くないのか? 鬼太郎がリモコン下駄で泥の手を切断してもすぐに再生しました。 こんな相手ではまともな勝負にならないので、鬼太郎は「泥田坊、ここにはお前の住める田んぼはもう無い。 他の田んぼへ行くんだ」と説得に入ります。 もちろん泥田坊は聞きません。 というか、言語を理解できてるのかどうか怪しい。 仕方がないのでちゃんちゃんこで捕縛して太陽で乾かす作戦に出ます。 今が夏で良かった。 乾いた泥田坊は粉々に砕け散りました。 鬼太郎は、再度社長に開発を止めるように言いますが、社長としても社運をかけて資金を突っ込んでますので止めるわけにはいきません。 社長は退治されたんだから大丈夫だと半ば自分に言い聞かせるように叫んで拒絶しました。 鬼太郎は、せめてみのりちゃんたちだけでも引っ越すように言いますが、旦那は入院中で家買って引越したばかりなのにそんな金があるわけない。 砕け散った泥田坊ですが、その泥はその辺りのガードレールなんかにいっぱい付いてます。 ねずみ男がふき取ろうとしてるんですが、全く落ちません。 さすがは妖怪の体です。 結局バケツの水をぶっかけて擦ることにしました。 このアバウトさがさすがねずみ男。 干からびさせてて砕けた妖怪に水を与えるとはな。 泥が少し動きましたが、暑い日射によってまたたくまに乾きます。 それで動かなくなりましたが、実質不死身かもしれません。 全然関係ないけど擦るといえば 「polish」 あいにくその言葉が有名なゲームはやってませんが、同じようなコマンド入力のADVはそれなりにやって苦労しました。 鬼太郎は、放浪の旅から帰ってきたココンから泥田坊の情報を得ます。 あまりにもバケローに頼りすぎるから 拗ねて家出してたんじゃないでしょうか? ココンを持ってきたねこ娘はカーディガンにミニスカートからTシャツとホットパンツになってます。 戦いで泥に汚れちゃったからね。 ココンによると、泥田坊は熱を嫌って水を好むとあります。 夏の間は不活発か夕立などで元気になるかの二択です。 その頃、みのりちゃんの方では雨が降ってきました。 みのりちゃんがお母さんを探すと泥田坊に食われています。 どうも冒頭のみのりちゃんの顔といい、「子供向け」ということを忘れたような感じがします。 ある意味怪談みたいで夏休みの子供向けですが。 雨で泥田坊が復活、数人で徒党を組んで人を襲いだしました。 タバコ休憩に入った社長のところにもきますが、ライターの火に怯みます。 怯むのはいいんだが、 百円ライターで普段からどんだけデカい火にしてるんですか、社長。 火が怖いことを知って急に強気になった社長ですが、所詮は百円ライター、軒から出れば雨で消えて泥で倒されました。 町中のそこかしこで泥田坊が生まれ、群れを成して人を襲撃しています。 映画「ゾンビ」というより「バイオハザード2」の世界が出現しました。 みのりちゃんは家中の戸や窓を閉め切って震えています。 ちなみに、お母さんは泥に埋もれて玄関にもたれかかっていました。 みのりちゃんは家の中に隠れていれば大丈夫と自分に言い聞かせているのですが、みのりちゃんを見つけた泥田坊はあっさりと窓ガラスを割ってきました。 ゾンビより力あるし始末に負えないな。 スピードは遅いからみのりちゃんの全力疾走で何とか追いつかれませんが。 雨に煙る景色の向こうに立つ人影に助けを求めるみのりちゃんですが、その影は泥田坊でした。 ああ、お約束の展開。 泥田坊に囲まれて絶体絶命のピンチ! のときに 軽トラが突っ込んできて泥田坊を跳ね飛ばしました。 冒頭に出てきた爺さんです。 あくまでパニックもの映画の展開に忠実なのね。 車にこびりついた泥から泥田坊が生まれたのを急ハンドルで振り落とすなんてベタすぎる展開には少し呆れますが。 一難去ったと思ったら急に軽トラが停止。 泥に突っ込んだので周りを泥田坊に囲まれたのです。 お約束ってステキだ。 もちろん、こういうときに鬼太郎が助けに入ります。 泥田坊は「タフすぎて そんはない」ヤツなので、髪の毛針を受けてもすぐに復活します。 それを見て驚くねこ娘。 やっぱり今回いつもと違う人が作ってるのかな。 倒しても復活するしそこらへんの泥から生まれるので、足元の泥に掴まれて倒れた鬼太郎は泥に埋もれてしまいます。 しかし、そうやって一つに固まったということは一気に殲滅するチャンス。 鬼太郎は「水は電気をよく通すんだ」と体内電気をフルパワーでかけて脱出しました。 確かに泥はよく電気が通るな。 それを使って砂利の選り分けをするというような英語論文を、学生時代に「 機械工学科」の友達の宿題として出ていたのを訳しました。 私は「 電気工学科」ですが、寮の部屋に次々と複数人が来るんです。 教官は個別に範囲を指定してるんですが、私はほぼ全部読むことができました(笑) 何となく英文の意味を掴むというのが学校での英語の教育方針でしたが、けっこう役に立ってます。 それはともかく。 体内電気フルパワーでも泥田坊は復活します。 こりゃ極炎乱舞でも使わなければ退治は無理ですな。 どうすればいい?と思った鬼太郎に、爺さんがあっちへ誘導するんだと指差しました。 逃げる爺さんが躓いて転び、それを体を張って守ろうとする鬼太郎ですが、泥田坊は鬼太郎の手前で進路を90度変えます。 その先にあったのは小さな田んぼでした。 爺さんが泥田坊の避難場所に用意したのです。 爺さんは去年まであの住宅地で米作りをしていました。 例の「多田の米」というやつです。 この爺さんが言うには、あの辺りには肥えた土壌といい泥があったので美味しい米ができるんだそうな。 水田には泥は重要だからな。 目玉のオヤジの補足によれば、泥田坊はいい田んぼにしか住まないから、泥田坊の住む田んぼからは美味しいお米が収穫できるという言い伝えがあります。 だから、田んぼをないがしろにしない限りは幸運のバロメータみたいな妖怪だということですな。 さすがに「もともとは田んぼの底で静かに暮らす 大人しい妖怪じゃ」というのはどうかと思いますが。 これまでの鬼太郎でも巨大化して暴れる強敵でした。 泥田坊は田んぼの中に消えていきましたが、さすがに10m四方ぐらいしかないのでは窮屈です。 もっと広げられるといいんですが、これ以上の広さをこの爺さんが作るのは無理。 だからこそ田んぼを売ったんだし。 手入れしなければ泥田坊が出てくるしな。 そこまで田んぼにこだわるなら泥田坊が自分で米作りすればいいだろうと思うけど、それだと妖怪にならないか。 そこでみのりちゃんがナイスアイデアを出しました。 「みのりはかしこいなあ」ですよ。 住宅地では、 「田んぼ付き住宅」の分譲をしています。 もとの田んぼに戻すのは少し手間だったと思うけど、もともと米どころなので、美味しいお米が取れるのは泥田坊を含めて保証付き。 エコライフに乗っかって大人気のようです。 一世帯辺り1アールぐらいだし、できる米はだいたい60kg。 親子三人家族で2~3か月分? 10月あたりに収穫だろうから、年末から新年あたりまでは自分で作ったお米が食べられます。 もちろん専業の農家じゃないからそこまでの収量は望めないでしょうが、指導はあの爺さんです。 これって専業主婦世帯でないと無理そうだな。 だって 手を抜くと泥田坊が襲ってくるんだよ?ハイリスクだ。 みのりちゃんが「一緒に美味しいお米を作ろうね。 泥田坊さん」と田んぼに声をかけながら田植えをすると、チャポンと泥が動きました。 やっぱりリスクを考えると怖いわ。 EDのオヤジの絵は、原案のようなものが演出の人の親戚の子供によって描かれています。 なんというか、 大胆に過ぎる絵だと思います。 その雰囲気を壊さずに描いた原画の人たちに拍手。 次回は南方妖怪登場で、運動会で鬼太郎と名勝負を繰り広げたアカマタが久々に出てきます。 関連?商品----------.

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日本人ならコメを食え: 空気人的身辺雑記

日本人ならコメを食え

昔の日本は貧しかった、という話をよく聞きますが 具体的にいつのことをいっているんですか? 戦後の闇市などの時代をいっているんでしょうか? とはいえ、一部の都会だけがそうであっただけで全体的にみると大して貧しいわけでもなかったみたいです 〜江戸時代までみても飢饉でもない限りは餓死なんてしなかったみたいです 他の国と比べても、取り立てていうほど貧しかった時代があるようには思えません 補足そもそも飯もろくに食えなかった論のひとは、日本が長寿国だったのをどう説明するんでしょうか? 貧しい国ほど平均寿命は短いです 倭国あたりの時代から、中国人が倭には100歳(今と数え方もが違うという説もある)のやつまでいる、と書いてくらいです それ以降ずっと長寿です 馬車馬のように働いて飯も食えないほど貧しくてよく餓死していたのに長寿、どう説明するんですか? 質問者さんはお若い方で 回答者の面々は食べ物を粗末に扱うと 親に目玉が飛び出るほどぶん殴られたクチですから 大きな相違があるのは仕方がないとは言え 質問者さんの意見を聞くと小さな驚きですね。 日本列島は有史以前から貧しい列島でしょう。 人口推移をみると 弥生時代 明治維新 昭和20年終戦 他所の国から技術や食料が入って来て 人口が増える事が解ります。 別の方に映画「怒りの葡萄」と書かれていますが 大恐慌時代1930年代が舞台の映画ですね。 主人公家族は車で移動しますが 日本で車を一般人が買うようになるのは1965年以降でしょうか 昭和40年代であればサラリーマンは背広(スーツ)を月賦(ローン)で 買うのが一般的だったと思いますよ。 大恐慌時代を較べても アメリカでは「怒りの葡萄」ですが 日本の貧農小作人は娘を売って借地代を払っていたのですから 何ともですね。 貧困の定義をせずに、同時代の外国を水平的に比較して「日本と同様だった」というのは、いかがなものか? 戦前日本の農村地主や都会中産階級の生活は、そりゃ飢餓とは無縁で文化的で安定していたけど、国民の大宗をなす小作農や、漁村山村の民、都会の縁辺労働者、職人の生活水準は 極貧だったというのを知らないのかな? 宗教による共助も、政府の社会福祉制度もない。 多くの都市中流家庭には下人や女中がいたが、彼らがなぜ故郷を追われたのか? 「おしん」を見ていないのか? 富国強兵のための兵隊要員で人口増加を図ったが、食えるほどの土地はなく、コメ品種改良ができないから、中部東北から北では、ソバやヒエを食っていたのだ。 だから移民や出稼ぎ(炭鉱、満州、遠洋漁業)するしかない。 同時代、米国の底辺労働者は少なくとも居住施設はあり、パンと肉が食えている。 中古自動車も買えた。 農村ではトラクターで耕作していてのでエンジンを直すなどお手の物、日本農民はスキとクワの生活だ。 米国の貧困な居住環境の写真を出している回答者は工場季節労働者のそれだということがわかっているのか? 日本であれに相当するのは、半島や沖縄出の人が大都市河原を占拠して建てた粗末な、便所もないバラックだ。 戦後1970年頃まで大都市周辺にあったぞ。 日本の農村や都会では、貧困で独立できない妹弟が大半で親と同居していたのだ。 江戸時代に餓死がないとか「そこそこ食えた」のは、赤子の間引きや姨捨てをやって「友倒れしないために 口を増やせなかった」からだ。 同時代の欧米諸国にはキリスト教信仰があって既に共助の概念が確立していた、どっちが豊かだろうか? ------------ 日本でも栄養源としての 卵の評価は高いが、ブロイラ種がなく生産が少なく流通網のない時代では貴重品だった。 高価だから需要が乏しかったのだ。 戦後でも、卵はおが屑をしいた紙箱に入れて病気見舞いに使われていた。 飼料があって量産農家のあった欧米では、低価格で児童が食えたから、白人種の体格と体力が築かれた、どちらのクニが豊かだろうか? 「日本で鮑が貧乏人の食い物だった」というのは誤伝だ。 大昔から乾し鮑として宮中への献上品だったのだから、加工し流通ルートがある地域では、現地で消費しない。 漁村でしか流通しない小粒か他の巻貝と混同している。 その代わり、辺境の漁村ではコメなど食えない、イモか麦だ。 コメがそこそこ出回るのは、1930年代に配給制度が登場して以降のことで、そのコメは半島や大陸からも搬出されている。 (常用食品をトリアゲられた植民地の農民の苦悩はいか程だったか?!)。 闇市とは、日本通貨が信用ならないために、また自らが食うために、失業者が半ば物物交換で都会で市を開いたもの(経済統制下では禁止行為だから警察が取り締まった)。 同様に、地方でも貨幣が信用ならなかったから 都会から買い出しに来た民から物と交換で食料を売ったのだ。 薬品やレコードを買うには、全国共通で米ドルが必要だったのだ。 この自国通貨が信頼できない状態を「全国的に貧しい」、というのだ。 社会主義崩壊後のロシアでも起きている。 1960年までは、お昼の学校給食が唯一の栄養源、という子供がいたぞ。 戦時中の回想録や証言録など見ても、地方でも食糧難が深刻であることが判りますし。 都会から大量の住人が田舎へ疎開していきましたから、村落の生活経済が崩壊するのは道理なのですよ。 民俗学や文化人類学の調査記録を見ても、戦後になっても、地方や離島では相当に困窮している人々がいることが判ります。 地方格差は激しかった、なんてのは常識の範疇です。 明治になって西洋科学が入ってくると、日本人の栄養状態が悪いことが判明しましrた。 そのため佐伯矩が栄養研究所を作り、日本人の栄養事情を改善しようと取り組みましたが、疫学的に有意な結果が出たのは戦後のことです (国民の栄養状態と体格は、国力・軍事力に直結するので、詳細なデータが残っています) 「明治以降は小作が増えた」というご指摘が既にありますが、明治になって近代国家になると、経済構造が変わり、私権は絶対的に擁護される代わりに、田畑など生産資本は個人の財産となりました。 また外国から安価な商品作物や製品が流入したため、没落して、小作になるか、都会に出て来てスラム住人になる農民が増えました。 そもそも日本の土地は地味が弱く、農業生産性に乏しいんです。

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日本人ならコメを食え: 空気人的身辺雑記

日本人ならコメを食え

ライターKoです。 静岡にかかわる各種調査をつれづれなるままに書きつくる、私の研究室にようこそ。 一般的な静岡県のイメージというと ・緑茶 ・サッカー ・富士山 ・B級グルメ などが多いと思うのですが、統計資料を調べてみると、意外な事実がわかります。 それが「 無類の米好き」という、静岡県民の特性です。 それがわかるのが。 浜松市vs宇都宮市の餃子消費量対決で毎回注目されるあの調査ですね。 それではご覧いただきましょう。 お米の消費額・消費量ランキング。 各都道府県の県庁所在地および政令指定都市51地域が順位づけされています。 67kg 1位 静岡市 36,635円 浜松市 100. 94kg 2位 浜松市 34,236円 静岡市 94. 49kg 3位 札幌市 33,413円 山形市 90. 47kg 4位 那覇市 33,234円 札幌市 90. 28kg 5位 甲府市 33,082円 佐賀市 90. 16kg 6位 京都市 32,804円 長崎市 86. 03kg 7位 新潟市 32,591円 堺市 85. 64kg 8位 堺市 32,055円 新潟市 85. 19kg 9位 佐賀市 31,862円 奈良市 83. 94kg 10位 長崎市 31,683円 甲府市 83. 74kg 11位 山形市 30,754円 富山市 83. 69kg 12位 奈良市 29,381円 青森市 82. 27kg 13位 前橋市 29,071円 那覇市 82. 06kg 14位 北九州市 29,071円 京都市 81. 07kg 15位 横浜市 29,002円 大津市 80. 03kg 16位 名古屋市 28,798円 秋田市 79. 91kg 17位 岐阜市 28,618円 福島市 79. 22kg 18位 福岡市 28,252円 松江市 78. 45kg 19位 富山市 28,204円 岐阜市 78. 31kg 20位 大津市 27,786円 津市 78. 23kg 21位 大阪市 27,285円 前橋市 77. 46kg 22位 さいたま市 27,212円 福井市 77. 08kg 23位 福井市 27,018円 盛岡市 75. 91kg 24位 福島市 26,911円 名古屋市 75. 89kg 25位 神戸市 26,566円 北九州市 75. 26kg 26位 川崎市 26,163円 和歌山市 74. 73kg 27位 金沢市 26,064円 福岡市 74. 43kg 28位 青森市 26,033円 松山市 74. 21kg 29位 和歌山市 25,837円 徳島市 73. 68kg 30位 盛岡市 25,777円 広島市 73. 55kg 31位 千葉市 25,771円 さいたま市 73. 15kg 32位 鹿児島市 25,769円 熊本市 72. 42kg 33位 広島市 25,735円 金沢市 72. 37kg 34位 津市 25,659円 横浜市 70. 90kg 35位 東京都区部 25,424円 鳥取市 70. 65kg 36位 松江市 25,110円 大阪市 70. 47kg 37位 熊本市 24,823円 高知市 70. 07kg 38位 長野市 24,667円 千葉市 69. 43kg 39位 高知市 24,629円 山口市 68. 91kg 40位 松山市 24,512円 神戸市 68. 18kg 41位 徳島市 24,304円 高松市 68. 10kg 42位 秋田市 24,088円 大分市 67. 20kg 43位 鳥取市 23,522円 長野市 66. 20kg 44位 宮崎市 23,329円 川崎市 66. 04kg 45位 大分市 22,742円 鹿児島市 65. 99kg 46位 高松市 22,419円 宇都宮市 65. 40kg 47位 山口市 22,416円 水戸市 63. 44kg 48位 宇都宮市 22,014円 仙台市 62. 66kg 49位 水戸市 21,986円 宮崎市 62. 06kg 50位 仙台市 21,788円 東京都区部 60. 63kg 51位 岡山市 19,491円 岡山市 53. 19kg 静岡市と浜松市がワンツーフィニッシュ。 購入金額で静岡市1位、浜松市2位。 購入量で浜松市が1位、静岡市2位。 ということは若干高いコメを静岡市民は食べている……とか言うと、良きライバル関係にヒビが入るのでやめておきましょう。 にしても、不思議ですね。 そんなに米を食べている自覚は、静岡県民にはないと思うのですが。 緑茶文化があるので、パンやパスタなどの洋食系よりも和食に落ち着くんでしょうか。 最下位の岡山市と比べると、ほぼ倍の消費量ですよ。 逆に岡山市はなんでこんなに低いんでしょうか? うどんをよく食べるのであろう香川県高松市が46位・41位なのはよくわかります。 納豆の郷、水戸市の消費量が低いのがなっとくいきませんね。 納豆をご飯の友ではなく、単体で食べるのでしょうか? 東京都区部は食べる量は少ないけれど、消費額はそこそこ。 東京ではお米が高いようです。 浜松と餃子消費量をあらそう宇都宮市は、どーんと下位。 餃子をご飯とではなく、餃子だけでひたすら食べるスタイルと思われます。 今回の静岡市vs浜松市の静岡米好きダービーは、きわめてレベルの高いひきわけ!でした。

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