馬の鹿 歌詞。 馬と鹿 米津玄師 歌詞情報

ノーサイドゲーム主題歌の歌詞と発売日

馬の鹿 歌詞

Contents• 間違っているところ、聞き取れなかったところもあります。 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩くと 体の奥底で響く 生き足りないと強く また始まるさ 噛み終えたガムの味 きれないままの心で ひとつひとつ無くした果てに ようやく残ったもの これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただひとつだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい oh 何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間結えば まだ続く 行こう花の咲かないうちに oh これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ恐れぬままに 花の名前を 君じゃなきゃ駄目だと 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない世界が綺麗だ ???? 完全不意打ちでファンも騒然! 「海の幽霊」リリースから約一ヶ月だったのでまさかここで新曲があるとは思っていませんでした。 それも突然。 SNSでも大変話題になっていましたよね。 トレンドランキング1位でした。 それもそのはず、ドラマの終盤にいきなり米津さんの声が流れ出してびっくり。 ちょっとパニックになりました。 池井戸潤さんと米津玄師さんのコラボ…夢のようです。 池井戸潤さんの作品といえば音楽は服部隆之さん。 全員豪華ですね。 ドラマの主題歌は事前に発表されていなかったこと、池井戸潤さんが手がけるTBSのドラマは主題歌がないこともあるので今回も無いと思われていました。 それがまさか米津玄師さんだったとは…。 こんな解禁があるんですね。 最高のサプライズでした。 まとめ ドラマ「ノーサイド・ゲーム」のために書き下ろされた、米津玄師さんの新曲「馬と鹿」は歌詞とサビの力強い米津さんの歌声がとても素敵でした。 池井戸潤さんの作品の特徴でもある逆境から這い上がる姿、見ている人に勇気と見終わったあとスカッとした清々しい気持ちにさせてくれますよね。 今回のドラマも主演の大泉洋さん演じる君嶋がエリート街道を進んでいた大手自動車メーカーを左遷され、左遷先の会社のラグビーチームを再建していくとうお話です。 そんな逆境の中で奮闘していくドラマにピッタリな今回の新曲。 米津さんもTwitterの中で「逆境の中をひとつひとつ進んで行く様をどうにか音楽にできないかと探っていた末にこの曲が出来ました」とおっしゃっていました。 君島がどうやって這い上がっていくのかも気になりますし、ドラマと合わせてこの曲が流れると更に感動するものになると思います。

次の

米津玄師『馬と鹿』歌詞の意味と内容を制作背景をもとに考察【ノーサイドゲーム主題歌】|Moriの音楽ラボ

馬の鹿 歌詞

馬と鹿 米津玄師の歌詞と意味は? まず 馬と鹿の歌詞を見てみましょう。 lyrical-nonsense. 日曜劇場 ノーサイドゲームの主題歌なので ドラマの内容同様 曲の内容も逆境の中をどう進んでいくのか? だったり、情熱や衝動のようなものが テーマとなっています。 ドラマではライバルに塩を送って 逆に不利になる状況になりながらも、 正々堂々と戦う場面などがありますが、 いつの世でも 天才は周りに理解されないが故の孤独を抱えています。 主人公の 大泉洋演じる君島隼人が 弧線奮闘する思いに 米津玄師は自分の思いを重ねていたのではないか?と思えます。 自分が味わっていた 天才であるが故の深い孤独を 重ね合わせていたのではないかと思えるのです。 歌詞全体が 救いようのない孤独感に満ちている と思うのは私だけでしょうか。 【 傷跡隠して歩いた 】 隠さなければ歩けないほどの孤独。 【 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く】ほどの 孤独。 それはだれにも理解されない ここに自分の居場所がない! それでも 【気づいて欲しかった まだ歩けるか 】 と時には自分に問いながら それでもなお 孤独のまま歩き続ける絶望にも似た 思いがにじみ出ています。 次に気になるフレーズが 【くだらない願い】 これは何にを意味しているのでしょう。 【 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないまま 君じゃなきゃ駄目だと 叫ぶ】 壮絶な場面です。 ドラマでは 主人公は結果を残し 自分の居場所を勝ち取るのでしょう。 でも 米津玄師 にとっては 自分の居場所を求め続ける 孤独な魂の叫びがやむことはないのではないかと思うのです。 つくづく 天才は魂の孤独を抱えて生きているんだと その才能が故の絶望的な孤独を垣間見た思いがします。 TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 【馬と鹿】のPVは2019年9月2日に 東京・表参道ヒルズのスペース オーで 先行視聴会『鏡の上映会』にて初披露されたものです。 『鏡の上映会』の会場は四方を鏡でおおわれて 来場者の姿が鏡に乱反射するという演出の中 PVが上映されました。 PV上映の環境も 演出もとても凝ったものです。 総勢120人のキャストと共に「衝動」や「情熱」を表現しているとのこと。 PVもPV上映の環境も凄い!の一言ですね。 次に気になるのが 馬と鹿というタイトル。 馬と鹿でなぜバカ? 中国を統一した秦 の頃のお話 皇帝 が献上された馬を 鹿だと主張し 家来に 馬か鹿かと問います。 皇帝のご機嫌伺いの家来は鹿だと言い 真実を知っている家来は馬だと言います。 怒った皇帝は 馬だと真実を言った家来を処刑します。 この故事から 馬と鹿の区別がつかない者を「馬鹿者」と呼ぶ ようになったのです。 ということは タイトルの 【馬と鹿】に込められた 米津玄師の思いと 歌詞の内容が深く 突き刺さります。 馬と鹿 米津玄師主題歌のドラマって? 日曜劇場 ノーサイドゲームのストーリーを要約すると エリート社員だった大泉洋演じる、 「君島隼人」が上司に反対意見を言ったら、 降格されてしまいます。 馬と鹿の故事に似ていますね。 飛ばされた先の自動車工場には ラグビーチームがあり、 そのラグビーチームの監督まで任される事になってしまいます。 多額の赤字までもこの工場は抱えていることが明かされます。 ラグビー素人の君島は この立ちはだかる大きな壁を どうやって乗り越えるのか? という物語です。 この主人公の目の前に立ちはだかる 壁と 自らの 人生課題の孤独という壁を 米津玄師は思いを重ね合わせて曲を作ったと思うのは 私の偏った見方でしょうか? 米津玄師って誰? 米津玄師ってどう読むの? って思いませんか? 私は正直正しく読めませんでした。 正解は よねず けんし と読みます。 では この 天才アーティストに言及してみましょう。 1991年3月10日徳島県生まれました。 2009年より「ハチ」名でニコニコ動画へオリジナル曲を投稿し始め、 2012年に「米津玄師」名でアルバム『diorama』をリリースします。 一躍評判になり ミュージックビデオは 3億回再生、 ダウンロードは 200万回、 フィジカル 50万枚を突破し、 素晴らしい実績を打ち立てました。 2018年末には第69回NHK紅白歌合戦に出演 2019年1月より海外含む全国アリーナツアー「脊椎がオパールになる頃」を実施しています。 脊椎がオパールになる頃 なんてネーミング天才でなくちゃ思いつきません。 凡人の私には 意味さえ分かりませんから。 米津玄師はシンガーソングライターだけではなく イラスト・映像・プログラミング・ミックス・演奏ですら 自分 自身でやってしまうほどの天才アーティストです。 馬と鹿は 2019年 9月11日に リリースされます。 米津玄師の天才ぶりは アイネクライネの動画でも見ることができます。 奥深い歌詞や メロディーの美しさ 動画の美しさと悲しさ そのすべてが 彼自身の 内なる思いと孤独と才能を映し出しています。 感動するとともに どうしてそんなに傷つくの? 自分自身を傷つけるの? と 凡人の私は悲しくなりました。 それが 凡人の私と 天才の彼との違いなのでしょう。

次の

【米津玄師/馬と鹿】の歌詞の意味を徹底解釈

馬の鹿 歌詞

今回も彼のインタビューを参考にしていきます。 彼はこの曲を作っている時に「馬鹿みたいな曲」と思ったからこのタイトルをつけたそう。 ここでの「馬鹿」は「 馬鹿になって何かに夢中になる」という意味に近いと思います。 「海の幽霊」でずっと好きだったアニメの主題歌を務め夢を叶えた彼は燃え尽き症候群になったと言います。 そこで彼は「 我を忘れる」ということを大切にしました。 これはラグビーのドラマ『ノーサイドゲーム』の主題歌であったので、スポーツについて描かれています。 私はこの歌は 『 スポーツの美しさ』 を描いているのではないかと思いました。 「春」と聞くと花が咲いて美しいイメージですが、ここでは 辛い時期の象徴として描かれています。 どれだけ傷ついても「麻酔を打って」 痛みから逃げようとせず、受け止めます。 「 生き足りない」 その渇きが前へと進む原動力になっています。 むしろ逆で、 普段は地味で単調にも思えるような練習の積み重ねがほとんど。 喜びは一瞬です。 もう「噛み終えた」と捨ててしまわずに、その単調できつい練習に耐えながらまだ続けます。 ひとつひとつ要らない物を無くしてようやく残ったものは何なのか? それが次で明らかになります。 チームを「 花」に例えています。 蕾である期間のほうが長いかもしれませんが、 その努力が実った時何よりも美しいものとなります。 そしてそれは呼吸が止まるほど嬉しく輝かしい瞬間です。 まさに スポーツの「美しさ」を表しています。 チームを愛しているからこその場合もあるかもしれません。 チームを愛しているからこそ、自分の心に抱えている 辛さ を吐き出せない。 それなのに八つ当たりしてしまう。 これは「気付いてほしい」というSOSサインなのかもしれません。 1番では人間の「力強さ」を描いていますが、2番では 人間の「弱さ」も描いています。 夜露は 先が見えない暗い中流した涙の例えではないでしょうか? 「もうダメかもしれない」 冷静になれずそんなことを思っている時、支えてくれるのはいつもチームの言葉でした。 チームを守ることだけでよかったと。 大きな「夢」。 絶対に叶えよう。 そう心に強く誓います。 これは スポーツでの「勲章」とも言えるのではないでしょうか? まだ「花」は咲いていません。 それでも、 希望が見えなくてもひたすら前に進んでいこう。 苦しみを乗り越えてさらに強く羽ばたこうとする選手の強さが描かれています。 その 「止まない」夢が選手をさらに上、さらに上へと突き動かしていきます。

次の