耳 アニメ。 【※追記】耳郎響香(ヒロアカ)のベース考察『アニメで使われてる楽器を調べてみた』

【※追記】耳郎響香(ヒロアカ)のベース考察『アニメで使われてる楽器を調べてみた』

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」でノーカット放送される。 豪華な声のキャストたちに改めて注目。 聖蹟桜ヶ丘駅へは新宿駅から京王線で30分程度。 聖蹟桜ヶ丘駅を出てすぐの広場には、「耳すまモデル地マップ」と「青春ポスト」があり、町自体が聖地巡礼を歓迎しているのが伝わってきます。 青春ポストは郵便物を運んでくれませんが、 メッセージカードを投函することが可能。 1回目に自分の願いや夢、希望を書いてポストに入れ、願いが叶ったらその報告を再度投函して欲しいというポストです。 「杉の宮坂」または略して「杉の宮」でお願いいたします。 同作のモデル ロケ地 は、駅が、当方が今日行った「聖蹟桜ヶ丘駅」、坂が「いろは坂」です。 駅の外観など、ほぼそのままの状態で登場しています。 ちなみに、雫が降りたホームは2番線。 聖蹟桜ヶ丘駅の発車ベルは、耳をすませばの主題歌カントリーロードとファンにはたまらない駅ですね。 アニメでも印象的だった白と緑の給水塔もあります。 場所は、聖蹟桜ヶ丘駅から少し離れた京王線永山駅よりになります。 永山駅から発車している京王バス多摩市ミニバス南北線に乗って、水道塔前で下車して、徒歩10分程度。 愛宕団地の裏には原田夕子が杉村のことで、雫と話をした公園があります。 坂の入り口は耳すまカーブと呼ばれています。 図書館への近道で、雫が駆け下りた階段もこのいろは坂にあります。 実際には階段を降りたところに図書館はありません。 いろは坂は 耳をすませば以外にも、『fate』『空の境界』の聖地にもなっています。 完全に丘の上は住宅地だけど、交通の要所だし、鎌倉幕府関連の山城として城プロに来てくれないかな。 あの階段のシーンはいろは坂と天守台の2つを繋げたものなのだそう。 階段の入り口は天守台、階段の下の方に見えるカーブの車道はいろは坂の長い階段からの景色を利用しているようです。 雫が杉村に告白された場所です。 住宅街の中にひっそりと鎮座しています。 近くのいろは坂や階段も映画の舞台となっています。 住宅街の中にある、静かでこじんまりとした神社です。 この辺りは古くから、金比羅山と呼ばれていて、鎌倉時代に新田義貞と北条泰家の戦いがあった場所とされています。 ちなみに、金比羅神社では100円で恋おみくじなるものが引けます。 2017年5月時点で立ち入り禁止となっています — あぼ フィフティーン zobonn 耳をすませばのラスト、 月島雫と天沢聖司が行った秘密の場所、ファンの間では耳丘と呼ばれています。 先ほどご紹介した、いろは坂の階段を下りたところにある、いろは坂桜公園のさらに奥にあります。 ですが、傾斜が厳しく危険であること、訪れた人がゴミを捨てて場所を荒らしてしまうことなどから、フェンスが張られ、立ち入りが禁止となっています。 かつては耳丘に、聖地巡礼したファン同士が交流できる耳すまノートが置いてありました。 2012年にオーナーがお亡くなりになったため、閉店し、現在は建物自体ありません。 作中のモデルとなったのは内観とのことで、店内のインテリアやアンティークな雰囲気など、耳をすませばの世界を感じさせるものだったそうです。 邪宗門は、荻窪や世田谷などいくつか店舗があるので、そちらに足を運んでみるのも良いかもしれません。 地球屋があるロータリー。 場所はいろは坂を登りきって少し歩いたところです。 地球屋があった場所は現実世界では、dining 和桜という創作和食のお店があります。 家族が宮崎アニメ大好きで、トトロや耳をすませば辺りが特に気に入ってるので感動です! 撮影許可いただきました 中国からわたてんファンも訪れるそうで。 先ほどご紹介したロータリーの奥にあります。 店内には耳をすませばのグッズが多く並び、月島雫の声優を担当した本名陽子さんのサインもって、ファンなら一度は行っておきたい場所です。 以前は耳丘にあった、耳すま思い出ノートはノア洋菓子店に移り、現在52冊目とのこと。 耳すまクッキーは人気のお土産アイテムです。 聖地巡礼に訪れる時にはマナーやルールを守るのが大事 耳をすませばの聖地をご紹介してきました。 近年、聖地巡礼をするファンのマナーが問題になるケースが多く見られます。 製作委員会は公式サイトで「多くのファンの皆様にお越しいただいておりますが」と前置きした上で、近隣住民から苦情があったことを報告。 「関連場所への訪問を予定されている皆様は、節度のある行動、マナーに十分心掛けていただきますようお願い申し上げます」と呼び掛けている。 引用: このニュースは、新海誠監督のアニメ映画『君の名は。 』に関するもので、製作委員会から聖地巡礼について注意喚起をしたというものです。 飛騨市図書館は、条件付きで館内での写真撮影とSNSへの投稿を認めるなど、聖地巡礼を歓迎している傾向もあります。 ですが、マナーが悪いとこういったご厚意もなくなってしまうかもしれません。 最悪、先ほどご紹介した耳丘のように、 フェンスが張られて立ち入り自体を禁止されてしまうこともあります。 そうならないために、気をつけたいポイントをご紹介します。 耳丘は聖地巡礼で訪れたファンがゴミを捨てていくことが、立ち入り禁止になった原因の1つになっています。 ゴミ箱がない場所ではゴミをちゃんと持ち帰るなど、その場所を綺麗に保つようにしましょう。 また、 建物や設置物を壊したりしないに気をつけるのも大事です。 いろは坂やロータリーなどは不要ですが、ノア洋菓子店などは写真撮影の許可を取るようにしてください。 写真関連では他に、作中と同じ構図を探すあまり、周りが見えずに人とぶつかってしまうことや、 他人が写っている写真をSNSやネットにアップしてしまうことなども注意が必要です。 1人で聖地巡礼している場合は大丈夫だと思いますが、ファン同士複数人で聖地に訪れると盛り上がって、つい大声で騒いでしまうことがあります。 耳をすませばの聖地は閑静な場所も多いため、騒音には十分に気をつけるようにしましょう。 また、原作のシーンが朝や夜などの聖地はその時間帯に訪れたいのがファン心理というもの。 その場合は、より静かに聖地巡礼するよう心がけてください。 耳をすませばのアニメ聖地は聖蹟桜ヶ丘周辺に多数あり 耳をすませばの聖地についてご紹介してきました。 物語冒頭に登場する聖蹟桜ヶ丘駅をはじめ、いろは坂や金比羅神社など、 たくさんの聖地が聖蹟桜ヶ丘駅近郊にありました。 再現度も高く、散策をすると耳をすませばの世界に入り込めると思います。 耳丘は残念ながら立ち入り禁止となってしまいましたが、そのような場所が増えないようマナーを守って、聖地巡礼を楽しんでくださいね。 以上、Find Anime編集部からのお届けでした。

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『耳をすませば』宮崎駿監督ジブリ作品あらすじ・ネタバレ・キャストまとめ【最新音楽アニメ映画も紹介】

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まずは簡単にあらすじをご説明しましょう。 主人公の月島雫は、父の勤務する図書館に入り浸るほど本好きの少女。 ある時彼女は図書貸し出しカードの履歴から、天沢聖司という人物が自分より先に本を借りていることに気がつきます。 聖司のことがなんとなく気になりだしたころ、雫は電車の車内で奇妙な猫と出会いました。 そしてその猫に地球屋という不思議な店へ導かれ、運命的に聖司と出会うのですが……。 そんなあらすじの『耳をすませば』は1995年にスタジオジブリによってアニメ映画化され、多くの人が知る名作となりました。 実は原作漫画とアニメ映画で、物語の細部と作風が異なることはあまり知られていません。 原作漫画は1989年に少女漫画誌「りぼん」で連載されていましたが、人気があがらず、わずか4回で打ち切りとなりました。 ジブリの宮崎駿監督は、夏期休暇中に姪が持ち込んだ少女漫画誌に目を通す習慣があり、そこで偶然『耳をすませば』第2話を読んだそうです。 その後ジブリの鈴木プロデューサーや知人の押井守、庵野秀明らと第2話の内容を膨らませ、原作と違った独自のストーリーを想像したのです。 これがきっかけで制作されたのがアニメ映画。 おのずと原作漫画とは違った持ち味の話になったのです。 では、まもなく公開される実写映画『耳をすませば』の見所などを交えて、原作漫画とアニメ映画の違いや魅力についてご紹介していきます。 原作漫画とアニメ映画の違いの1つは、ずばり両者の恋愛描写です。 よく知られているアニメ映画は淡い恋心を軸として、2人が将来に向かって前向きに取り組む青春モノとなっていますが、原作はかなり乙女チックな少女漫画。 たとえば雫と聖司が知り合う以前から、聖司の兄の航司と雫の姉の汐(しほ)が交際しており、「りぼん」読者層が思い描くような大人の恋人像が描かれます。 雫と聖司の関係もその影響下にあるので、いくぶんドリーミーな描写が多いです。 たとえば恋愛モノではありがちな、聖司が姉の汐を好きなのではと雫が勘違いする展開も見られます。 漫画原作がふんわりとした少女漫画らしい心理描写なのに対して、アニメ映画は恥ずかしいほどストレートな青春です。 これは宮崎駿らの世代が、かつて実現できなかった爽やかな青春を、ノスタルジックに描こうとしたためだそう。 アニメ映画が人気作となったのは、この改変のおかげで、原作より多くの人の郷愁に訴える内容になったためかもしれません。 少女漫画らしい漫画原作と、リアリティのあるアニメ映画 原作漫画とアニメ映画のもう1つの違いは、世界観の広がりにあります。 やや言葉が悪くなりますが、宮崎駿の言葉を借りれば、原作漫画はありふれたラブストーリー。 中学1年生の雫と聖司の恋愛感情がメインで、障害らしい障害はないのです。 2人の気持ちが通じ合って終わり、という、作中だけで完結している閉じた世界となっています。 アニメ映画では、この閉じた世界にメスが入れられました。 主人公の年齢が中学1年生ではなく受験を控えた中学3年生となり、原作では画家だった聖司の夢がヴァイオリン職人に変更され、さらにいずれ彼が留学することに変更されたのです。 また、後半で1人暮らしを始める姉の汐は、雫との性格の対比や変化する日常の象徴となりました。 アニメ映画は2人の恋愛を軸に、人生の目標やタイムリミット、そして日常の変化という要素が加わりました。 この変更のおかげで、アニメ映画には爽やかな恋愛にプラスして、リアリティあふれる世界観となったのです。 これだけ聞くと映画だけがいいように思えるかもしれませんが、原作も穏やかで優しい世界観が描かれているので、ぜひご覧になってみてください。 映画と原作の違いはこれだけでなく、ヒーローの天沢聖司にもあります。 雫が想いを寄せる彼は、外見も性格もよい、完璧な少年です。 初対面の雫には意地悪な言動を見せますが、そこはご愛敬。 アニメ映画でも秀才キャラとして描かれましたが、原作漫画の描写はその上をいきます。 夢と希望にあふれたキラキラした少年なのです。 これは聖司というより、原作漫画を描いた作者の柊あおいの特徴。 一言でいえば一途に気持ちを貫く、絵に描いたような王子様像なのです。 アニメ映画の聖司は王子様っぽさが少なめになった代わりに、職人気質であることが設定されました。 ヴァイオリン職人に憧れ、妥協なくヴァイオリン作りに取り組む姿は、雫だけでなく視聴者の心を打ちました。 留学して職人を目指すという展開は、ともすれば夢物語になりそうですが、聖司のひたむきさのおかげでリアリティを保つ要因にもなっています。 また聖司のヴァイオリン職人の夢に雫が触発されて、人間的に成長するというのもアニメ映画のよいところ。 雫が王子様に憧れる夢見る少女ではなく、同じ未来に向かう対等な立場として描かれているのです。 原作には出てこないアニメ映画独自の要素ですが、本作を語る上で『カントリー・ロード』は避けられません。 ジョン・デンバーがカバーした『Take Me Home、 Country Roads』を雫が翻訳した(という設定の)曲です。 この日本語歌詞をよくよく聞くと、隠されたテーマに気がつきます。 「カントリー・ロード この道 ずっとゆけば あの街に つづいてる 気がする カントリー・ロード」 (『カントリー・ロード』より引用) ふるさとをテーマにした歌ですが、ふるさととは、自分が生まれ育った街のこと。 一方、作中では雫が自嘲気味に作詞したコンクリート・ロードが歌われます。 コンクリートロード どこまでも 森を切り 谷を埋め ウェスト東京 マウント多摩 故郷(ふるさと)は コンクリートロード (映画『耳をすませば』より引用) この「コンクリートロード」は雫たちの住んでいる場所を表現し、それでも雫にとってのふるさとなのだと伝えています。 たとえ今いる場所が、開発でできたコンクリートロードで自然などなくても、懐かしさを覚える風景こそ、その人の原体験につながる大事な場所なのですね。 何気ない日常や身近な景色の中にも、目を見張る美しいもの、貴いものがあるというメッセージ……それこそが『カントリー・ロード』に隠されたテーマではないでしょうか。 アニメ映画『耳をすませば』には雫と聖司の恋愛に青春への懐古と同時に、生まれ育った場所への郷愁も盛り込まれているのです。 その後が話題になっていたが、原作漫画、実写映画『耳をすませば』で実現! 「今すぐってわけにはいかないけど、俺と結婚してくれないか!」 (アニメ映画『耳をすませば』より引用) 思わず見ているこちらが恥ずかしくなるような、それでいて初々しい、アニメ映画のラストシーン。 まだ中学3年生の聖司が雫に告白するセリフです。 「ただ『好きだ』というだけじゃ弱い」と、宮崎駿が付け加えたそうです。 青くさいけれど、だからこそ愛おしい名場面として、多くの人が彼らの明るい未来を想像したことでしょう。 アニメ映画にはこの続きがありませんが、実は原作漫画ではその後を描く読み切り続編『耳をすませば 幸せな時間』が発表されています。 物語のラストから2年後、中学3年生になった雫と聖司。 聖司の海外留学を知り、不安定になった雫が、あのバロンのいる「猫の図書館」を訪れるというストーリーでした。 原作の続編なので微妙に差異がありますが、アニメ映画化後に描かれたためか、ところどころアニメ映画寄りの描写となっているのでファンの方はぜひ読んでみてください。 また、『耳をすませば』は2020年に実写映画化され、こちらは原作漫画の10年後という設定となっています。 実写映画は大人になった雫と聖司の姿とともに、あの恋物語の続きが見られるとあって、原作ファンもアニメ映画ファンも要注目の作品です。 このあとは、その映画の見所を考察してみます。 『耳をすませば』実写映画は、スタジオジブリのアニメ映画の続編ではなく、あくまで原作漫画の続編という位置付けです。 ただしキャストの月島雫役の清野菜名、天沢聖司役の松坂桃李はどちらもアニメ映画を前提としており、制作側も意識しているようなのでまったく無関係というわけでもありません。 実写映画では原作漫画を再現する過去と、10年後の現在の物語が並行して描かれます。 作家の夢破れて編集者となった雫、10年後も夢を追い続ける聖司。 それぞれの境遇の違いから起こるすれ違い。 甘酸っぱい青春の恋愛物語がどういったラストに向かうのか、原作のストーリー再現とその延長にある未来のオリジナルストーリーがどう展開されるのか。 この「あの日夢見た未来」と「未来が今になった現在」の対比が、実写映画最大の見所となります。 実写映画『耳をすませば』の公開日は2020年9月18日です。 アニメ映画はとても有名なので、見たことのある方も多いでしょう。 2020年9月に公開される実写映画は登場人物も同じ設定。 もちろん、実写映画が『耳をすませば』の初見でも面白いと思います。 ただ、映画の世界観をより深めるためにも、まず原作漫画をオススメします。 アニメ映画を手がけた宮崎駿の感じた作品の原石となる魅力を見つけられるはずです。

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『耳をすませば』実写化が海外で賛否両論! 日本とは違う海外での本作の事情とは?

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まずは簡単にあらすじをご説明しましょう。 主人公の月島雫は、父の勤務する図書館に入り浸るほど本好きの少女。 ある時彼女は図書貸し出しカードの履歴から、天沢聖司という人物が自分より先に本を借りていることに気がつきます。 聖司のことがなんとなく気になりだしたころ、雫は電車の車内で奇妙な猫と出会いました。 そしてその猫に地球屋という不思議な店へ導かれ、運命的に聖司と出会うのですが……。 そんなあらすじの『耳をすませば』は1995年にスタジオジブリによってアニメ映画化され、多くの人が知る名作となりました。 実は原作漫画とアニメ映画で、物語の細部と作風が異なることはあまり知られていません。 原作漫画は1989年に少女漫画誌「りぼん」で連載されていましたが、人気があがらず、わずか4回で打ち切りとなりました。 ジブリの宮崎駿監督は、夏期休暇中に姪が持ち込んだ少女漫画誌に目を通す習慣があり、そこで偶然『耳をすませば』第2話を読んだそうです。 その後ジブリの鈴木プロデューサーや知人の押井守、庵野秀明らと第2話の内容を膨らませ、原作と違った独自のストーリーを想像したのです。 これがきっかけで制作されたのがアニメ映画。 おのずと原作漫画とは違った持ち味の話になったのです。 では、まもなく公開される実写映画『耳をすませば』の見所などを交えて、原作漫画とアニメ映画の違いや魅力についてご紹介していきます。 原作漫画とアニメ映画の違いの1つは、ずばり両者の恋愛描写です。 よく知られているアニメ映画は淡い恋心を軸として、2人が将来に向かって前向きに取り組む青春モノとなっていますが、原作はかなり乙女チックな少女漫画。 たとえば雫と聖司が知り合う以前から、聖司の兄の航司と雫の姉の汐(しほ)が交際しており、「りぼん」読者層が思い描くような大人の恋人像が描かれます。 雫と聖司の関係もその影響下にあるので、いくぶんドリーミーな描写が多いです。 たとえば恋愛モノではありがちな、聖司が姉の汐を好きなのではと雫が勘違いする展開も見られます。 漫画原作がふんわりとした少女漫画らしい心理描写なのに対して、アニメ映画は恥ずかしいほどストレートな青春です。 これは宮崎駿らの世代が、かつて実現できなかった爽やかな青春を、ノスタルジックに描こうとしたためだそう。 アニメ映画が人気作となったのは、この改変のおかげで、原作より多くの人の郷愁に訴える内容になったためかもしれません。 少女漫画らしい漫画原作と、リアリティのあるアニメ映画 原作漫画とアニメ映画のもう1つの違いは、世界観の広がりにあります。 やや言葉が悪くなりますが、宮崎駿の言葉を借りれば、原作漫画はありふれたラブストーリー。 中学1年生の雫と聖司の恋愛感情がメインで、障害らしい障害はないのです。 2人の気持ちが通じ合って終わり、という、作中だけで完結している閉じた世界となっています。 アニメ映画では、この閉じた世界にメスが入れられました。 主人公の年齢が中学1年生ではなく受験を控えた中学3年生となり、原作では画家だった聖司の夢がヴァイオリン職人に変更され、さらにいずれ彼が留学することに変更されたのです。 また、後半で1人暮らしを始める姉の汐は、雫との性格の対比や変化する日常の象徴となりました。 アニメ映画は2人の恋愛を軸に、人生の目標やタイムリミット、そして日常の変化という要素が加わりました。 この変更のおかげで、アニメ映画には爽やかな恋愛にプラスして、リアリティあふれる世界観となったのです。 これだけ聞くと映画だけがいいように思えるかもしれませんが、原作も穏やかで優しい世界観が描かれているので、ぜひご覧になってみてください。 映画と原作の違いはこれだけでなく、ヒーローの天沢聖司にもあります。 雫が想いを寄せる彼は、外見も性格もよい、完璧な少年です。 初対面の雫には意地悪な言動を見せますが、そこはご愛敬。 アニメ映画でも秀才キャラとして描かれましたが、原作漫画の描写はその上をいきます。 夢と希望にあふれたキラキラした少年なのです。 これは聖司というより、原作漫画を描いた作者の柊あおいの特徴。 一言でいえば一途に気持ちを貫く、絵に描いたような王子様像なのです。 アニメ映画の聖司は王子様っぽさが少なめになった代わりに、職人気質であることが設定されました。 ヴァイオリン職人に憧れ、妥協なくヴァイオリン作りに取り組む姿は、雫だけでなく視聴者の心を打ちました。 留学して職人を目指すという展開は、ともすれば夢物語になりそうですが、聖司のひたむきさのおかげでリアリティを保つ要因にもなっています。 また聖司のヴァイオリン職人の夢に雫が触発されて、人間的に成長するというのもアニメ映画のよいところ。 雫が王子様に憧れる夢見る少女ではなく、同じ未来に向かう対等な立場として描かれているのです。 原作には出てこないアニメ映画独自の要素ですが、本作を語る上で『カントリー・ロード』は避けられません。 ジョン・デンバーがカバーした『Take Me Home、 Country Roads』を雫が翻訳した(という設定の)曲です。 この日本語歌詞をよくよく聞くと、隠されたテーマに気がつきます。 「カントリー・ロード この道 ずっとゆけば あの街に つづいてる 気がする カントリー・ロード」 (『カントリー・ロード』より引用) ふるさとをテーマにした歌ですが、ふるさととは、自分が生まれ育った街のこと。 一方、作中では雫が自嘲気味に作詞したコンクリート・ロードが歌われます。 コンクリートロード どこまでも 森を切り 谷を埋め ウェスト東京 マウント多摩 故郷(ふるさと)は コンクリートロード (映画『耳をすませば』より引用) この「コンクリートロード」は雫たちの住んでいる場所を表現し、それでも雫にとってのふるさとなのだと伝えています。 たとえ今いる場所が、開発でできたコンクリートロードで自然などなくても、懐かしさを覚える風景こそ、その人の原体験につながる大事な場所なのですね。 何気ない日常や身近な景色の中にも、目を見張る美しいもの、貴いものがあるというメッセージ……それこそが『カントリー・ロード』に隠されたテーマではないでしょうか。 アニメ映画『耳をすませば』には雫と聖司の恋愛に青春への懐古と同時に、生まれ育った場所への郷愁も盛り込まれているのです。 その後が話題になっていたが、原作漫画、実写映画『耳をすませば』で実現! 「今すぐってわけにはいかないけど、俺と結婚してくれないか!」 (アニメ映画『耳をすませば』より引用) 思わず見ているこちらが恥ずかしくなるような、それでいて初々しい、アニメ映画のラストシーン。 まだ中学3年生の聖司が雫に告白するセリフです。 「ただ『好きだ』というだけじゃ弱い」と、宮崎駿が付け加えたそうです。 青くさいけれど、だからこそ愛おしい名場面として、多くの人が彼らの明るい未来を想像したことでしょう。 アニメ映画にはこの続きがありませんが、実は原作漫画ではその後を描く読み切り続編『耳をすませば 幸せな時間』が発表されています。 物語のラストから2年後、中学3年生になった雫と聖司。 聖司の海外留学を知り、不安定になった雫が、あのバロンのいる「猫の図書館」を訪れるというストーリーでした。 原作の続編なので微妙に差異がありますが、アニメ映画化後に描かれたためか、ところどころアニメ映画寄りの描写となっているのでファンの方はぜひ読んでみてください。 また、『耳をすませば』は2020年に実写映画化され、こちらは原作漫画の10年後という設定となっています。 実写映画は大人になった雫と聖司の姿とともに、あの恋物語の続きが見られるとあって、原作ファンもアニメ映画ファンも要注目の作品です。 このあとは、その映画の見所を考察してみます。 『耳をすませば』実写映画は、スタジオジブリのアニメ映画の続編ではなく、あくまで原作漫画の続編という位置付けです。 ただしキャストの月島雫役の清野菜名、天沢聖司役の松坂桃李はどちらもアニメ映画を前提としており、制作側も意識しているようなのでまったく無関係というわけでもありません。 実写映画では原作漫画を再現する過去と、10年後の現在の物語が並行して描かれます。 作家の夢破れて編集者となった雫、10年後も夢を追い続ける聖司。 それぞれの境遇の違いから起こるすれ違い。 甘酸っぱい青春の恋愛物語がどういったラストに向かうのか、原作のストーリー再現とその延長にある未来のオリジナルストーリーがどう展開されるのか。 この「あの日夢見た未来」と「未来が今になった現在」の対比が、実写映画最大の見所となります。 実写映画『耳をすませば』の公開日は2020年9月18日です。 アニメ映画はとても有名なので、見たことのある方も多いでしょう。 2020年9月に公開される実写映画は登場人物も同じ設定。 もちろん、実写映画が『耳をすませば』の初見でも面白いと思います。 ただ、映画の世界観をより深めるためにも、まず原作漫画をオススメします。 アニメ映画を手がけた宮崎駿の感じた作品の原石となる魅力を見つけられるはずです。

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